渋沢栄一が大河ドラマの主役なら、松方正義は準主役であるべき

有地 浩

NHKは9日、21年の大河ドラマを、渋沢栄一が主役の「青天を衝(つ)け」に決定したと発表した。渋沢栄一を吉沢亮が演じるそうだ。

2021年NHK大河ドラマで主演を務める吉沢亮さんと脚本家の大森美香さん(NHKオンラインより:編集部)

以前アゴラにも書いたように、私は21年の大河ドラマの主役に松方正義を推していたので、この決定は少し残念だが、18年に西郷どんをやったばかりなので、同じ鹿児島出身の松方正義は無理かなとは思っていた。しかし、渋沢栄一が主役となれば、ドラマの中で準主役に松方正義を据えることができると思うので、脚本家はぜひそうして欲しい。

渋沢は第一国立銀行の創立に関わって頭取を務めたり、王子製紙、東京海上火災、東京証券取引所など数多の会社・組織の創立・経営を行った誰もが認める明治から昭和に至る日本実業界の大立者だ。その渋沢が民間側の重鎮だとすれば、松方は官の側の重鎮として共に近代日本経済の発展に大きく寄与したのだ。

渋沢と松方は様々な場面で交流があり、お互いに影響し合った。しかし、そうした中で貨幣制度をめぐる論争では二人の意見が大きく食い違った。

渋沢栄一と松方正義(Wikipediaより:編集部)

松方は銀本位制から金本位制への移行を一貫して進めようとしたのに対して、渋沢は銀本位制の維持を主張したのだ。

明治20年代の後半になると世界の主要国は次々に金本位制を採用しており、そのために銀貨の金貨に対する交換比率が銀安に振れていた。これは銀本位制の日本から金本位制の国へ輸出を行う場合、いわば為替レートが円安に振れることと同じことになるので、輸出促進効果がある一方、輸入の方は輸入品の価格が円建てでは高くなるので、国内物価への上昇圧力となる。当時の日本政府内では伊藤博文などは銀本位維持を支持し、経済界や批評家の間でも福沢諭吉や園田孝吉(横浜正金銀行頭取)など、輸出促進のために銀本位制維持を主張するものが多かった。

そうした中で明治28年に日清戦争に勝利して清国から賠償金2億両(テール)を金貨で受け取ることとなったが、松方正義はこれを千載一遇の機会ととらえ、政府部内、産業界等からの銀本位制維持論に屈することなく、半ば強引に金本位制への移行を行った。

この結果日本は、金本位制と言うバスに世界の主要国の中で一番最後ではあるが乗ることができ、為替が安定したことにより主要国との貿易が発展するとともに、世界での日本経済の信用力が高められた。そしてこれが約10年後の日露戦争の戦費調達を円滑にし、また日本国内の鉄道や電力などのインフラ建設のための外資導入に大きな力を発揮したのだ。

後に渋沢栄一は「「金本位制となすに対して園田孝吉、田口卯吉(経済評論家)及び私は反対したが、後で考えてみると私たちは先見の明がなかったのである、松方さんは之を思い切って断行したのである、先見の明があったのである」(「松方正義関係文書」第15巻および室山義正著「松方正義」による)といって松方の決断を称えている。

渋沢栄一が自分の誤りを率直に認めた点はさすがに偉いと思うが、この金本位制と銀本位制の議論を見ていると、私は何か現代に通じるものを感じる。

それは日本では円高になると、経済界もマスコミも、そして政治家もこぞって輸出産業が不振となって大変だ、日本経済の危機だという論調ばかりになってしまうのが常だからだ。

1985年のプラザ合意後に円高が急速に進んだ時もそうで、円高対策として財政出動や日銀の金融緩和がどんどん進められた。その結果が大きなバブルの発生と90年以降のバブル崩壊、そして失われた20年へとつながっていった。

急激な為替の変動は経済に悪影響を及ぼすことは間違いないが、円高は一概に悪いことばかりではない。輸出企業の声にばかり引っ張られることなく、冷静に日本全体での得失を議論する必要があると思う。渋沢栄一の言葉を今一度かみしめてみる必要があるのではなかろうか。

有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト