元日銀副総裁が金融緩和策で古巣に警告

中村 仁

バブル崩壊で日本は08年超える打撃

米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)が、トランプ大統領の強引な圧力に屈して、渋々、政策金利を0・25%下げました。10人の理事のうち3人が反対票を投じました。さらに金利を下げることには、慎重論がもっと強いようです。大統領は「根性なしで先見性がない」と、ツイッターで露骨な批判、暴言を吐きました。

元日本銀行副総裁の山口廣秀氏(日興リサーチセンター公式サイトより:編集部)

米国では相手が大統領であっても、自分の主張をきちんと表明する。夏頃、歴代のFRB議長らが連名で「トランプに屈するな」という声明を出しました。日本では、首相に任命権を握られている日銀の正副総裁、審議委員の見解は、まず一致です。日銀OBからも古巣批判は滅多に聞かれない。それが、元副総裁(日興リサーチセンター理事長)が異次元金融緩和策を強烈に批判する報告書をだしたのです。

政治権力者には「選挙ファースト(選挙第一)」で、景気や株価維持が最大の目標です。トランプ氏が自ら仕掛けた米中関税戦争の影響で景気停滞の懸念が強まり、株価は波乱含みです。来年11月の大統領選を控え、当落が五分五分のトランプ氏は焦っている。それがFRBに対する暴言を招いている。

政治的思惑に引きずられるな

政治は目先のことを最優先します。一方、FRBのパウエル議長らは「経済・金融の体質は08年の金融危機(リーマンショック)より悪化している」「失業率3%台で、半世紀ぶりの低さ」「物価上昇率も2・4%と高い」との見方です。中長期的な視点を最重視し、政治的思惑にひきずられてはならない。大統領の圧力に屈していたら、米国経済に悪影響を与えてしまう。それが本音です。

だから中央銀行の中立性(政治からの独立性)が必要なのです。日本ではデフレ対策の際、政府・日銀共同声明(2013年)が作成され、日銀の政権からの独立性は消えています。そんな折、日銀副総裁だった山口廣秀氏(08-13)が財政制度審議会会長だった吉川洋氏(東大名誉教授)と連名で「金融リスクと日本経済」というタイトルの報告書を発表(17日)、一石を投じました。

異次元緩和で疲弊する金融機関

「金融リスク」とはバブルのことです。「米国の金融リスクが高まっており、19年末から20年かけて破裂する」との予想です。日本への影響はどうか。深刻です。「世界金融危機(08年、リーマンショック)を上回る可能性は大きい」「日銀の超金融緩和政策により、金融機関の収益力、体力(利ざや、)が低下しており、海外からのショックに対し、脆弱になっている」と。報告書は率直です。

日銀の金融政策(超低金利政策)については、「追加緩和が行われると、金融機関の体力が一段と脆弱になり、危機への対応力も弱まる」と。米欧の緩和政策を後追いすべきではないと意味です。日銀は19日の政策会合で現状維持を決めたものの、黒田総裁は追加緩和の現実味が増しているとの態度です。利下げという延命治療をいつまでも続けていると、経済的体力はさらに低下しかねない。

民間銀行は苦しんでいます。全銀協会長(三井住友銀行頭取)は追加の金融緩和策として、マイナス金利の深堀り(現在のマイナス幅の1%を広げる)が見送られたことを「歓迎する」と、述べました。副総裁が言及した「金融機関の体力の低下」がさらに進みめば、金融危機に際して、企業に対する流動性(救済融資)を確保できないからです。

「バブルの崩壊が迫っている」は、米国でしばしば聞かれます。イエール大のシラー教授(ノーベル経済学賞)が考案した株式市場に対する長期的指標(CAPEレシオ)に山口氏は言及し、危機ラインの25倍を超え「現在は歴史的な高水準である35倍」と。リーマンショック直前の27倍も超える。

そのほか「住宅価格、商業用不動産価格などの資産価格が大きく上昇」「企業債務の名目GDP比はリーマンショック前のピークを上回っている」「米国の金融システムには黄信号がついた(バブル崩壊の切迫)」と、山口氏は説明します。バブルはほぼ10年周期で破裂している。08年から10年以上、経ちました。「破裂したら日本への影響は08年のショックを大きく上回る」との予想は、不気味です。

結論は「追加的な金融緩和については、幅広い見地に立つことが必要だ」です。「幅広い見地」とは、目先の景気動向、株価、政治の思惑にとらわれず、中長期的な経済・金融の健全性の確保を最優先して、政策選択をすべきとの意味でしょう。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2019年9月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。