若き指導者クルツ氏の防衛なるか

オーストリアで29日、国民議会(定数183)の早期総選挙の投開票が実施される。複数の世論調査によると、クルツ前首相が率いる「国民党」が第一党を堅持する一方、野党第一党の「社会民主党」が起死回生を目指して健闘、党首が交代した極右派「自由党」と激しい戦いを展開している。

セバスティアン・クルツ氏(オーストリア国民党サイトより:編集部)

前回選挙(2017年10月)では不法移民・難民対策が選挙争点となり、国境警備の強化など厳格な対応を主張した「国民党」が第一党にカムバック。「自由党」も強硬な移民政策で有権者にアピールして大飛躍。その結果、「国民党」と「自由党」の中道右派連立政権が同年12月に発足したが、自由党党首の絡んだ政界スキャンダルが発覚し、議会で5月末、不信任案が可決され、同政権は発足1年半あまりで崩壊。それを受け、早期総選挙となった経緯がある。

クルツ前首相の「国民党」はクルツ党首の国民的人気を背景に余裕ある戦いを展開させてきたが、選挙戦に入って富豪からの党献金の実態がメディアに暴露され、党本部へのサイバー攻撃を受けるなど、クルツ政権の再現を阻止する勢力からの激しい攻撃にさらされてきた。国民党の支持率低下を報じるメディアも出てきている(「オーストリア、政権交代時の機密情報の処理問題」2019年8月2日参考)。

極右派の「自由党」は今年に入り、シュトラーヒェ党首〈前副首相)が2017年7月、スペインの避暑地イビザ島でロシアの富豪らと会合し、そこで党献金や不法なメディア工作などを語っていた内容がビデオに録音され、独メディア「ドイツ南新聞」や週刊誌シュピーゲルに暴露されたため、同党首は辞任に追い込まれた。同国メディアでは、「イビザ島スキャンダル事件」と呼ばれている(「オーストリア、極右・自由党が分裂の危機」2019年6月6日参考)。

それだけではない。自由党関係者が同国最大の極右団体「イデンティテーレ運動」に関与し、献金もしていたことが発覚し、窮地に追い込まれた。同運動のリーダー、マーチン・セルナー氏はニュージランド、クライストチャーチのイスラム寺院銃乱射事件(3月15日)で50人のイスラム教徒を殺害したブレントン・タラント被告とコンタクトがあり、献金を受けていた事実がメディアで報道されるなどして、「自由党」への国民の目が一層厳しくなった。

ウィーン市内の選挙ポスター(「国民党」のクルツ党首)=2019年9月19日、ウィーン市で

なお、「自由党」は先日、グラーツ市で党大会を開催し、ノルベルト・ホーファー氏〈前大統領選候補者)がシュトラーヒェ党首の後継者に正式に任命されたばかりだ。世論調査によると、「自由党」は前党首のスキャンダルにもかかわらず、支持率20%を獲得する勢いを見せている。

一方、起死回生を図る「社民党」はここにきて支持率をアップさせてきた。「国民党」と「自由党」の失点を受ける一方、「社民党」の本来の政策、社会福祉関連、高齢者対策などをアピール。前回の選挙とは異なり、不法難民の流入は一応収まった今日、有権者の関心も年金・高齢者対策、家賃問題などの社会関連問題と環境問題に集まってきた。パメラ・レンディ=ワーグナー党首は党員を動員して打倒クルツで総力戦を展開中だ。

ドイツでは「同盟90/緑の党」が与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)を激しく追い上げるなど、国民の支持を獲得しているが、オーストリアの「緑の党」は党内のゴタゴタ、分裂もあって、前回では得票率5%をクリアできずに犠牲を失った。今回は地球温暖化問題など有権者の関心が環境保護問題に向かっていることもあって、10%前後の得票が予測されている。

そのほか、リベラル派の「ネオス」(ベアテ・マインル=ライジンガ―党首)は議席獲得は確実だが、もう一つ伸び悩んでいる。「緑の党」から派生した「イエッツト」は実質的にはペーター・ピルツ議員の一人政党で、5%のハードルを越えるのは今回は難しいだろう。

いずれにしても、議席過半数を単独で占める政党は出てこないだろうから、選挙後の連立政権交渉が焦点となる。クルツ国民党と「自由党」の再連立の可能性は高いが、クルツ前首相が「自由党」との再連立について、①キッケル前内相を内相にしないこと、②「イデンティテーレ運動」の解体と2つの前提条件を挙げているため、両党の連立交渉は難航が予測される。国民党と「緑の党」「ネオス」3党連立構想、「国民党」と「社民党」の2大連立政権の復活もささやかれ出しているが、全ては選挙後の結果待ちだ。

選挙戦は残り1週間余りとなった。若き指導者クルツ氏の「国民党」の防衛戦は勝利するか、スキャンダルで守勢を余儀なくされる「自由党」の戦いぶり、クルツ政権打倒を目指す「社民党」の奮闘など、3党を中心とした終盤戦の戦いはいよいよ佳境を迎える。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年9月21日の記事に一部加筆。