窮地の台湾。日本は中国と蜜月?歴史にみる日本外交の基 --- 田中 伸明

2019年10月01日 06:00

蔡英文総統(総統府YouTubeより)

日本と歴史的なつながりの深い台湾が、窮地に追い込まれている。9月下旬、南太平洋のソロモン諸島、太平洋中部の連邦国家キリバスが、たて続けに台湾との国交を断絶すると発表した。理由は中国と国交を結ぶためだ。

巨額の経済支援を餌にこれらの太平洋諸国を取り込んだ中国外交は狡知に長けている。台湾の孤立化を狙う中国は、来年1月の総統選を見据え、次なる布石を打ってくる恐れもある。

中国は台湾だけでなく、香港、チベットやウイグルなどにも激しい抑圧を加えて支配下に置こうと躍起だ。中国にとってこれらの周辺国・地域は防波堤の意味を持ち、決壊すれば民主主義や欧米資本といった“外敵”が怒涛のごとく押し寄せてくる。その恐怖が中国共産党の意識下にあるのは間違いない。

中国にとって、台湾や香港、チベット、ウイグルといった国境と接する地域は、外敵から中央を守る“万里の長城”なのだ。近隣国の勢力を弱めて支配下に置き、その手段として外縁の国と結ぶ「遠交近攻」は、中国の伝統的な外交政策といっていい。

中国の野望に対し、日本はどのように対処すべきか。日本の外交政策の「かたち」は何が基本かを考えるとき、歴史がヒントになる。遠交近攻を伝統としてきた陸続きの大陸国家に対し、海に囲まれる海洋国家・日本は「隣国の安定化」を外交・防衛の基礎としてきた。

天智天皇の時代には百済からの要請で白村江の戦いに参戦したが、その目的は朝鮮半島の安定化にあった。近代の日清・日露戦役も、朝鮮半島の独立がわが国に平和と安定をもたらすとの考えから起こした戦争だった。

朝鮮を独立させ、併合して日本の一部に組み込むと、日本式のやり方で統治を推し進めた。その方法は欧米流の搾取とも中国的な華夷秩序とも違う、教育・インフラ・行政機能などを強化して日本の一部としてまとめあげる同化政策だった。

台湾でも同様の手法で統治が試みられた。先住民族を強硬に抑えつけることはせず、こちらから歩み寄る姿勢で調和を図る。その方面でもっとも功績があったのが、第四代総督の児玉源太郎である。

日本が統治をはじめたころの台湾は土匪(山賊や野盗の集団)が横行し、治安も乱れ不安定な情勢にあった。児玉は、それまでの武力をちらつかせる武断統治を見直し、現地住民の生活習慣や風俗に合わせる温情政策で臨んだ。

討伐より交渉、抑圧より協調を重視し、後藤新平民政長官とのコンビで民政に励んだ結果、土匪の帰順に成功する。惻隠の情をもって原住民と接し、心を開かせるやり方で台湾に秩序と安定をもたらしたのである。

このような日台の歴史から学び、台湾との関係を大切にしたいところだが、現政権は中国との関係に配慮して、台湾情勢に関しても静観、傍観、座視に甘んじている。朝鮮半島問題や中東情勢など国際的な不安要素を抱えるなか、今は中国との協調が地域の安定に寄与するとの戦略からだろう。日本としては、政官民あげて台湾との友好関係を強化したいところだ。

これは台湾が友好国だからという理由だけでなく、日本の安全保障を左右する隣国であり、一党独裁の共産党政権と対峙する民主主義国家という点において、戦略上きわめて重要な国だからである。その認識は国民全体で共有しておきたい。

賀田金三郎(Wikipedia)

そこで、最後に「東部開拓の父」と呼ばれ、台湾初の日本人村を開拓した実業家・賀田金三郎について紹介しよう。

賀田は安政4年(1857年)萩の生まれ。若い時から商才を発揮し、日本有数の財閥企業を渡り歩いた。明治28年には大倉財閥の台湾総支配人になる。その後は独立、実業家として台湾で成功するも、彼のなかでは常に「祖国のために働きたい」という思いがたぎっていた。

そんな賀田に、台湾総督府の児玉と民政長官の後藤が目をつけた。当時、海と山に挟まれた東岸沿いの地域は開拓が難しく、近代化の妨げとなった。この難事業を成功させるうべく、賀田は粉骨砕身でこの難事業に取り組む。

賀田は総督府に東部開発計画書を提出すると、東部地域に「賀田組」を設立。製陶業や畜産業、製脳業(樟脳を製造)、運送業などを幅広く手掛ける多角経営の会社で、移民事業にも着手して多くの日本人移民を受け入れた。

台湾初の日本人村となった「賀田村」は、やがて周辺の町村と合併して今の花蓮地域を形成する。たくさんの日本人が移り住んだおかげで不毛の地といわれた東部はおおいに活況を呈した。賀田組は台湾全土に支社を置くほどの規模に成長し、公益の果実は全国くまなく及んだ。

「稼いだお金はすべて台湾のために使う」をモットーにした賀田は、事業成功で得たお金を台湾のお寺や公共事業のために使った。台湾近代化のために生涯をささげた在野の日本人実業家がいたことを、現代のわれわれは胸に刻んでおきたい。

田中 伸明 WEBライター(会社員)
1978年生まれ。2016年より記事作成代行会社勤務。オウンドメディアや企業コーポレートサイトにてコラムなどを、社会系メディアにて政治、世相、社会問題に関する記事を執筆している。

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