アベ叩きで盛り上がるよりリベラルが本来やるべきこと

2019年10月05日 06:00

(前回のまとめ)リベラルメディアがアベ叩きの熱情の半分でいいから取り組むべきことは?

前回の記事で、単に「アベ叩きの陰謀論に参加して溜飲を下げる」だけでなく、リベラルメディアが本来やるべきはずのこと(でも現状沈黙していること)について書きました。

その内容は、

「権力をチェックする役割」はもちろん大事なんですが、同時に「現政権がかわりに取り入れるべき政策」について、自分たちで用意し、それを批評してブラッシュアップし、まとめあげていくこと自体も、リベラルメディアのもう一つの責任

という風にまとめられるかと思います。

noxxx710/YouTubeより編集部引用

 

メディア関係者以外の一市民が取り組むべきこと

前回の記事はリベラルメディア関係者への大事なアピールだったわけですが、リベラルメディアにも色々な事情がありますから、なかなかちゃんと「理想」を実現するための動きに本腰を入れづらいということもあるでしょう。

では、それを取り巻く一市民としての私たちが、できることはなんでしょうか?

それは、

「単なる陰謀論」で盛り上がっている場があったら、そこにちゃんと「外部へのコミュニケーション」が成立するような意見を投げかける

ということです。

前回も言ったように、たとえば

・はてしない「消費増税・法人税サゲ」に批判的な層は実はかなりいるが、彼らはあまりに「懲罰的」なまでに法人税を上げてバランスが崩れ、結局経済を冷やしてしまうことを恐れている

・たとえばソフトバンク社が高度な節税方法を使って法人税をかなり節税してしまっていることを問題視している人はかなりいるが、彼らはあまりに過剰な取り立てルールを作ることで実際上の問題が起きることを恐れている

・たとえばアベ政権がアメリカの戦闘機を買いすぎだ・・・と思っている層はかなりいるが、ちゃんと隣国との拮抗関係を維持できる程度の軍備を維持することは平和のために不可避に重要だというところまで否定されるのは怖いと思っている

という状況の中で、「トクベツな良心を持った目覚めたる私たち以外の、特にアベなんかを支持する愚民どもが、いかにバカでアホで自分たちのことしか考えてないカスか」みたいな前提でナルシスティックに吠えていると気分はいいかもしれませんが、1割ぐらいしかいない野党支持者の「外側」へのコミュニケーションが途絶してしまって余計に自分たちの意見を実現に持っていくことができなくなります。

一方で、「相手側の懸念」もちゃんと理解した上で相互コミュニケーションが成り立つように持っていけば、より広い共有基盤が出来上がって実現まで進んでいける可能性は高い。

右の扇動メディアあれば左の扇動メディアもあるのは仕方ないとして、本来「リベラルメディア」がやるべきことはこういうこと↑であるはずですが、これがなかなか今の時代信頼できなかったりする。

では一市民としてやるべきことは、そういう「陰謀論が盛り上がってる」ところに「異論」をちゃんと挟むってことです。

国全体の合意形成グラフを凸型化する

以下の図は来年1月に出る私の新刊「みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?」からの図ですが、縦軸が「その位置にある意見の合意形成のされやすさ」、そして横軸が、左に行けばいくほど「改革派な方向に過激」、右に行けば行くほど「保守派な方向に過激」であることを現しています。

まず、今の日本の合意形成グラフは以下のようになっています(というか中国のような政治体制の国以外、民主主義社会なら世界中どこの国でもほぼそうなってしまっているんですが)。

右でも左でもあまりに過激すぎるような意見は、合意される度合いが少なくなるので、グラフの両側はどんどん小さくなっていく形になっている。そこはいい。

しかし、右でも左でも、この「敵側を全否定できて、ある程度まともっぽく聞こえる意見」のところにやたら人々の合意を引きつけやすいポイントができてしまって、それが「敵側を完全に否定すること」自体を目的としてしまっているので「本当のリアリティからの要請」に応えられておらず、単に罵り合いに巨大なエネルギーが浪費されるだけで何も実効的な対策は打てないままになってしまうことになる。

左の方向に過激…だけど敵側を罵ってるだけで実効性が全然ない点を「原爆解」、右の方向で過激…だけど敵側を罵ってるだけで実効性が全然ない点を「ホロコースト解」と、私はそれぞれ呼んでいます。

大事なのはこの「対立すること自体が自己目的化」しちゃったような混乱を超えて、今は「合意形成のデスバレー(死の谷)」みたいになっているところに、人々の注意を引きつけていくことです。

もちろん民主主義というのは、「多少非効率だろうけどちゃんと衆議を尽くすことで間違いの少ないようになる政体」として設計されてはいますが、果てしなく罵り合いしかできない状況が長く続いたりすると、中国みたいな「巨大な別の選択肢」がある程度の説得力を世界中に対してアピールしている時代には、こんな混乱が続いてしまっては「もう民主主義とかやめちゃわない?」みたいな人が出てきてもおかしくありません。

中国人に、「もう民主主義とかやめちゃいなよ。俺らそれで結構うまくやれてるぜ」とか言われたとして、「いーや、俺らは民主主義諦めたくないの!」となれば、是が非でもこの「単に罵り合いがヒートアップするだけで何も実効的なことができない」状態自体をなんとかしなくてはいけません。

そのためには、この「M字分断されたグラフ」が、以下のように「凸型化」するように持っていかなくてはならないわけです。

陰謀論が盛り上がっていたら、空気を読まずに「外部コミュニケーション」を呼びかけよう

これは右でも左でも言えることですが、特に保守側が政権を握っている現状においては私たちリベラル側において、「陰謀論で敵側全否定して溜飲をさげているだけ」みたいな盛り上がりがあったら、積極的に空気を読まずに、「内輪で盛り上がってないで、”敵側”とされている人たちに呼びかけるようにしなくちゃ」という意見を述べていくようにしましょう。

そうやって今よりももっとさらに「個人」が目覚めはじめれば、この「原爆解」と「ホロコースト解」に吸い寄せられている「仲間」どうしの内輪もめが始まるんですね。すでに自分が参加している界隈でも「内輪もめ」最近増えたなあ・・・と思う人も結構いるのではないでしょうか。

「内輪もめ」が増えてきたら、それは良いサインです。もっと焚き付けてしまってもいいぐらいです。

古今ありとあらゆる政治運動が、果てしなく「敵」を新しいネタで攻撃し続けることができているうちはいいですが、その勢いが止まった瞬間「内輪もめ」をはじめることは人類史の避けられないルールというぐらいですよね。

今「原爆解」にいるグループも、「ホロコースト解」にいるグループも、あるレベルまでは、「この世界の問題は、全部安倍が、トランプが、極右政治家が悪い!」「この世界の問題は、全部朝日新聞や、ニューヨーク・タイムズや、ガーディアンなどのリベラルメディアが悪い!」という方向でありとあらゆるネタを先鋭化して自分たちのお仲間で盛り上がっていれば結構カタルシスが得られましたし、その結果合意形成カーブが順調にM字に分断されて罵り合いだけがヒートアップしてくることになりました。

しかし、だんだん飽きてきますよね。いくら吠えても安倍政権もトランプ政権も結構支持されてるし欧州極右政治家も順調に議席を伸ばしている。逆に朝日がー!ニューヨーク・タイムズがー!とか言い続けても彼らの行動パターンが変わるわけでもないし、順調に世界の半分は「リベラルメディア」の価値観が覆い続けている。

なんか、新しいネタ、なくなってきちゃったなあ…となります。そうすると、なんかだんだん「いかにも中身がないけど過激なこと言う人たち」が脚光を浴びるようになるんですね。

「ホロコースト解」でいえば、「○○人をぶっ殺せ!」とか言う人たちが大手を振って脚光を浴びるようになってくる。「原爆解」でいえば、実際の問題に向き合わずにメチャクチャな空論を持ち上げてそれを実行できない「敵」はダメだ、というような話が盛り上がりはじめる。

そうなってくると、「原爆解」の中にいる人も「ホロコースト解」の中にいる人も、

「正直あいつとは一緒の陣営だと思われたくない」

という感覚が芽生えてきます。これです。この感覚が出てきたら、私たちが一歩先の「メタ正義感覚」に社会全体で芽生えていく準備ができたことになるでしょう。

社会がM字に分断されていくプロセスの途中では、「敵」を思う存分叩ける興奮があったけれども、M字に分離するのが限界になってくると、だんだん「敵を叩けるネタ」が減ってきて構成員が飽きてくる。飽きてきたらさらに刺激を求めて「あまりにも無内容で過激なこと」を言う人達が脚光を浴びることになる。そうすると「さすがにあいつとは一緒にされたくない」という思いを持つ人が増える。

このプロセスがさらに過激化すると、新しい局面が導かれます。

もともとM字に分断していくプロセスでオピニオンリーダーだった人たちは、単に自分にとって気持ち良い意見を言ってくれる人に盲目的についてきた人たちとは違って、「世の流れ的に売れるために原爆解やホロコースト解に吸い寄せられてはいるが、その限界もちゃんと理解できるだけの知的水準はある」人たちが多いわけです。

しかし、M字分断が固定化してくると、そういう「わかって言ってる」人たちのある種の”不徹底さ”に不満を持った後続の過激派が、”あまりに無内容すぎること”を言い始める。そうすると「わかって言ってた」人たちはどうするでしょうか?

ここの部分は不可避な運命というよりある種の「期待」の要素を数%は込めて言っていることかもしれませんが、おそらくこの「内輪もめ」の限界点まであらゆる個人が目覚めていけば、原爆解やホロコーストの位置はバラバラになって崩壊しはじめ、「もっと先の意見を!」と過激化するエネルギーが、新しい”メタ正義的”な凸型の均衡点を生み出してゆくでしょう。

最後に

今の時代、罵り合いに浪費されているエネルギーは膨大なもので、中国人に「民主主義とかやめちゃいなよ」とか言われても言い返しづらくなってしまっていますが、しかし、やはり諦めたくない…ですよね。

状況は徐々に変わってきています。ほんの1ヶ月とかでも、同じ発言の「受け取られ方」は変わってきたりする。

冷静に上記の2つの図を眺めながら、幸薄い党派的罵り合いの自己満足が空中分解し、一歩ずつ「意味のある実効性」に向かって人々の注意を引きつけていける状況になっていくように、一緒に頑張っていきましょう。

民主主義を諦めない、ために。

「議論と言う名の罵り合い」の時代をおえて、「本当に問題を解決するための対話」の時代をはじめましょう。

 

そのための私の5年ぶりの新刊、

「みんなで豊かになる社会」はどうすれば実現するのか?

が、来年1月にディスカバー21社から出ます。長く時間をかけただけがあって、本当に自分の「すべて」を出し切れた本になったと思っています。

現在、noteで先行公開しており、無料部分だけでもかなり概要がつかめるようになっていますので、この記事に共感された方はその無料部分だけでもお読みいただければと思っています。

こちらから。

同時に、その話をさらに推し進めたところから、日韓関係をはじめとする東アジアの未来の平和はこの視点からしかありえない…と私は考えている提言については、以下をどうぞ。

21世紀の東アジアの平和のためのメタ正義的解決法について

それではまた、次の記事でお会いしましょう。

倉本圭造
経済思想家・経営コンサルタント
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倉本 圭造
経済思想家、経営コンサルタント

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