投資家の会計リテラシーを高めるKAMの導入について

関西電力の複数の監査役の方々が、今年6月の総会前に「経営陣が高浜町元助役から3億2000万円の金品を受領していた」事実を知り、疑問を呈していたことが、複数の関係者の証言により判明したそうです(共同通信 3日午後9時)。結局、当該事実は監査報告で明らかにされなかった、ということですが、また深刻な問題が浮上してきました(以下、本題です)。

写真AC:編集部

資料版商事法務の最新号(2019年9月号)に「『監査上の主要な検討事項に相当する事項』の作成を実施して」と題する公認会計士の方(EY新日本有限責任監査法人)のご論稿が掲載されています。

EYさんは三菱ケミカルホールディングスに対して「KAMに相当する事項の報告」を提出し、この6月三菱ケミカルさんは自身のHPに当該報告を公開されています。最近は話題にもなっていますので、私も講演等でご紹介しています。ちなみに「KAMの開示」は2021年3月期(連結会計年度)から適用されますので、現在は「KAMに相当する事項」ということで任意に開示されたものです。

三菱ケミカルホールディングス社とEYさんが前向きに対応したからこそ、他社の参考になるような内容の報告書(KAMは4項目)が作られたものですが、実際には前年度のKAMを元に、限られた時間内で今年度のKAMを選定しなければならなかった経緯などを読みますと、他社も経営陣を巻き込んで、けっこう早めに準備をしておく必要がありそうですね。執筆された会計士の方も最後におっしゃっていますが、ガバナンスがしっかりしている上場会社でなければ適切にKAM開示はできないわけで、いま機関投資家から要望の高い「リスク管理能力の見える化」に資する制度になりそうです。

ただ、実際に三菱ケミカルホールディングスのKAM(相当事項)の内容を拝見しますと、(公認会計士協会によるKAM試行のときから言われておりましたが)産業ガス事業の企業結合(PPAによって分けられた顧客価値に関連する無形資産とのれんの測定)、耐用年数を確定できない無形資産の評価、繰り延べ税金資産の評価など、いずれも経営者の将来見積もりや経営判断に依拠する項目が並んでいて、会計数値によって会社の実態を示すとしても、どんな計算に基づくのはよくわからないものばかりです。

私のような素人からすると「これって、ホンマに会社の実態を数値で反映できるの?」「経営者の言ったことをどこまで信用するの?」といった疑問も湧いてくるわけですが、監査人としては、おそらく専門家に逐次依頼をして評価してもらう必要がありそうですし、経営者の将来見積もりの合理性を、同業他社の過去事例などをもとにAI分析で判断することも必要になると思います。

機関投資家の投資判断が、今後ますます「人財とネットワーク」なる無形資産を重視する時代になりますので、(監査のプロセスが表示される)KAMの開示はさらに注目されるのではないでしょうか。

ひとつ心配なのが「内部統制報告制度と同じ道をたどること」です。リスクを開示する、ということは、内部統制報告制度と同様、基本的には経営者には嫌なこと(やっつけ仕事?)です。経営者にとって嫌なことを「私がやりますから!お忙しい社長は黙ってみててください、つつがなく制度対応をしますから」と一手に引き受けて出世したい人はたくさんいます(笑)。「そうか!じゃ、よしなに」ということで、12年ほど前はJ-SOX対応が「金太郎飴」状態になってしまいました(むずかしくいうと「ボイラープレート化」)。

KAM開示についても、企業、監査人、投資家全てが「市場の信頼性向上」にとって必要なものという意識を持たないと、どうもJ-SOXと同じ道を歩いていくような気がいたします。

このたびの企業統治改革がある程度「実効性があった」と評価されるに至ったのも、機関投資家の活動によるところが大きいと思います。ぜひ企業のリスク開示の場面においても、投資家の皆様に会計リテラシーを向上させていただき、「KAM開示に積極的な姿勢の企業は資本コストを下げてもよい」といったスタンスで新たな制度に臨んでいただければ「金太郎飴」状態は回避できるかもしれません。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録 42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年10月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。