トーマス・クック倒産:スペインの観光業界にリーマン並みの衝撃

2019年10月05日 06:00

英国の最大手旅行代理店トーマス・クックが9月23日に倒産したことは、スペインの観光業界にとってリーマン・ブラザーズの破綻を彷彿させるような衝撃を与えている。

閉店したトーマス・クックの英国内の店舗(John K Thorne/flickr)

例えば、スペインを訪れた英国からの昨年の観光客は1850万人であったが、その4%弱に相当する710万人がトーマス・クックを利用してスペインを訪問してしたのである。特に、スペインの5つの自治州でその損失が顕著に表れている。パルマ・デ・マヨルカを首府にするバレアレス諸島、アフリカ大陸の北西沿岸に位置するカナリア諸島、アンダルシア、カタルーニャ、バレンシアの5州である。(参照:efetur.com

トーマス・クックが破産するのではないかいう噂は4-5か月前から業界で頻繁に囁かれるようになっていたという。17億ポンド(2280億円)の負債を抱え、10年前から赤字経営を強いられていた。その引き金になったのが従来のパック旅行を主体にしていたマイ・トラベル・グループを2007年に買収したことから始まったと言われている。

その後、2011年には中東で「アラブの春」が席捲してチュニジアやエジプトへの観光客が激減。この時点でトーマス・クックの財務事情は最悪になっていた。融資を受けて一時的に急場を凌いだ。が、経営が好転することはなかった。

更に、英国がEUから離脱するのかしないのかという不安からポンドが下落して英国人にとって外国への旅行が割高となった。

これらの出来事はすべてトーマス・クックの経営を更に苦しめる要因となっていた。(参照:infobae.com

また、旅行業界には革命が起きていたことにトーマス・クックではその対応が遅れた。即ち、これまでのパック旅行から消費者はインターネットを通して従来の旅行代理店を通さずにインターネット旅行会社或いは自らが飛行機やホテルの予約などを自分の好みに合わせて選択する方向に変化していたのである。また、その新しい流れに応えて格安航空も登場した。

トーマス・クックもこの新しい動きに対応すべく16か国を対象にコンドル航空、トーマス・クック航空、トーマス・クック・スカンジナビア航空の3社で105機を備え、200軒のホテルを用意して旅行者を引きつけることに努めた。しかし、格安航空がオファーする料金に対抗出来ず採算ベースを揺るがすようになっていた。

結局、トーマス・クックの筆頭株主である中国のファンド復星国際(Fosun)が事業の経営権を掌握するような形で9億ポンド(1200億円)を投入することで合意した。復星は中国からの観光客の増加を狙ったのである。これで財務上の問題は改善されて順風満帆で進んで行くかのように思われた。

ところが、大手株主で主要取引銀行のロイヤル・オブ・スコットランド銀行とロイド銀行はこれから財務危機を乗り越えるにはさらに2億ポンド(270億円)の追加資金が必要だとして復星の資金投入の合意を拒否したのである。(参照:reportur.com

9月末には5億ポンド(670億円)の支払いが迫っていたが、手持ち現金95万6670ポンド(8800万円)、預金3120万ポンド(41億8000万円)しか備えていなかったということが明らかにされている。ということで、救いの神は唯一前述9億ポンドの投入だったのである。(参照:cincodias.elpais.com)。

スペインで被害の多い5つの自治州でカナリア諸島の場合、今年1月から9月までトーマス・クックが連れて来た英国人観光客は479万人。今年冬場の訪問客として既に予約されていたのが1万3000人だったという。ところが、同社が倒産したことによって系列航空会社であるコンドル航空、トーマス・クック航空、トーマス・クック・スカンジナビア航空の3社が営業停止となって乗客を運べなくなった。

なお、コンドル航空はドイツ政府から一時的支援金3億8200万ユーロ(458億円)が支給されたので運行を再開している。トーマス・クック・スカンジナビア航空も同様に運行を再開している。しかし、肝心の英国人観光客を運ぶトーマス・クック航空が連鎖倒産している。(参照:efetur.comelconfidencial.com

トーマス・クックの倒産によって、スペインでは3万人の英国人観光客が急遽帰国となったことを在スペイン英国大使館が発表したが、スペイン政府はその数を5万3000人だと修正した。その詳細はカナリア諸島3万5000人、バレアレス諸島1万3000人、カタルーニャ5000人だとした。結局、英国政府は当初世界から15万人の英国人を帰還させると発表したが、実際その数は増えるものと思われる。(参照:elpais.com

スペインの場合、トーマス・クックの倒産で一番の損害を被るのはホテル業界である。スペインの「観光連盟(Exceltur)」の概算によると、その損失額は2億ユーロ(240億円)になると見積もられているが、実際にはその損失額はもっと多くなると見込まれている。損失額をした目に見ているのは「業界で余計な不安を高めないためだ」と観光連盟のホセ・ルイス・サレダ副会長が指摘した。(参照:elmundo.es

トーマス・クックは90日払いが慣例となっているため、8月と9月の支払いが現在未納となっている。それが回収できないとなると損失額はさらに増える。

また、雇用問題も深刻となっている。例えば、スペインにはトーマス・クックのホテルチェーンが55軒ある。カナリア諸島とバレアレス諸島だけで29軒あるが、その内のマジョルカ島が最高で15軒ある。その大半はフランチャイズで、直営店は僅か。しかし、このチェーン店だけでも2500人の従業員を抱えている。今後、トーマス・クックに代わるスポンサーを見つける必要がある。それが見つからない場合は閉店するか、他のホテルグループに加盟するようにして存続することを迫られている。

ホテル業界が今後も存続して行くための必須条件だとしているのが航空路線の確立である。カナリア諸島とバレアレス諸島にとってトーマス・クック航空が消滅したことが打撃となっている。その上、格安航空最大のライアン航空もカナリア諸島のベース基地を来年1月から撤退させると発表している。

それを撤回させるためには自治州政府が中央政府の協力を得てライアン航空への補助金を大幅に増やす必要が出て来るであろう。同航空は補助金を受けることはその対象となる空港をベース基地にする重要な項目となっている。

カナリア諸島のGDPの35%は観光業がもたらしている。観光客を連れて来る飛行機の本数が減ることは同島の死活問題なのである。同諸島の観光業界では路線を増やす為にも空港の着陸料の大幅な引き下げをスペイン航空局に要求している。(参照:cope.es

マジョルカ島では観光シーズンオフとなる11月に閉店して翌年の春から開店するといったホテルがあるが、今回のトーマス・クックの倒産を受けて、閉店を早めたホテルも出て来ている。(参照:diariodemallorca.es

スペインは観光客の訪問者数は年間で8500万人。この規模はフランスに次いで世界で2位にランキングされている。年間で710万人の観光客を連れて来ていたトーマス・クックの倒産の後釜を見つけるのは容易ではない。

白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家

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