神戸市教員いじめに見る教職という仕事の大きなリスク

2019年10月11日 06:01

神戸市立東須磨小学校の教員から教員のいじめ(いじめではなくここまでくれば立派な犯罪行為だろう)が学校に関係する人間だけでなく、多くの日本人に衝撃を与えた。

神戸市立東須磨小学校(Wikipediaより)

ここまで酷いことはそうそうないだろうが、どこの学校でもハラスメントは相当数起きている。そして隠蔽されている。

事故が起こる分析に、ハインリッヒの法則というものあるけれど、不祥事はさらに多くのちいさな不祥事が積み重なって、ようやく明らかになるものだ。問題の教諭たちの不祥事はこれからもどんどん出てくるだろう(参照:「いじめ教諭が児童突き飛ばし、骨折」 共同通信)。

東須磨小学校に限らず、すこし検索しただけで、匿名掲示板や5ちゃんねるなどにはいじめやハラスメントの被害に遭った教員による悲痛な叫びは見つけることができる(真偽はさておき)。

参照:女性校長にセクハラ被害をもみ消された(はてな匿名ダイアリー)

また神戸市長は、けが人の続出している組体操をやめさせようとしたが、教育委員会はそれを無視し、今年も盛大にけが人が出るという失態を教委は犯しているが(参照:読売新聞)、失態とは思っていないようだ。なんぜこの期に及んで検討中だから。

このように、教育委員会、学校組織の劣化は著しい。

企業でも、役所でも、どんな組織でも長く続けば、劣化し腐敗していくものだが、役所であるのでリストラクチャリングがまったく生じない。公立学校や教育委員会の耐用年数はもうとっくに過ぎているのではないだろうか。かりに同じものだとしても、解散してもう一度作り直さなくてはならない時期に来ているのではないか。

そんな中で、学校組織に身を預ける危険性は、もっと知られてよいだろう。

以前も書いたが、教員という仕事は、汎用性がまったくない

つまり一度そこに張り付いてしまったら、そこから逃げることはかなり難しい。だから悲痛な声もあげられない。

そして、その中で、このような理不尽な仕打ち、それが内部で明らかになっても隠蔽してしまう体質は、一朝一夕についたものではなく、構造的な問題だろう。

閉鎖的な社会であるがゆえに、被害者である男性教諭じしんが述べているが、「いじめではなくいじられていると思っていた」という心理的な合理化が行われ、異常な精神状態に追い込まれていくのだ。

こういう犯罪というハラスメントは、東須磨小学校がとくに異常で、神戸市教育委員会がとくに異常だったというだけで、どの教育現場にも起こりうることだし、実際に起こっていることだ。

むしろ学校現場は減点主義ゆえに、こういった不祥事をうまく隠ぺいできた管理職が昇進するという流れができあがってしまっている。

たしかに、定年まで面倒を見てくれるかもしれない(私見では、今の新卒くらいの年代の人たちが定年まで安泰だとは思えないが)。販売目標のようなノルマもない。けれども、それゆえに、そこを離れる自由も、実力も、もつことができない。

東須磨小学校の犯罪は、厳正に処罰され検証されるべきだ。けれども、この体質が改まることはないだろう。

今年もそろそろ教員採用試験の最終合格者の発表が出始めている。

合格した人たちは、そういう過剰に閉鎖的な業界で働くのだということは、覚えておいてほしい。長時間労働よりも、こちらのほうが精神的にこたえるはずだ。

もちろん、学校にお子さんを預ける保護者の方はなおさら、学校を盲目的に信じすぎないでほしい。

中沢 良平

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑