トルコの北シリア侵攻:それでもアメリカはクルドを見捨てない --- 並木 宜史

2019年10月16日 06:00

シリア危機が新たな次元へ深化している。トルコは9日夜、北シリア侵攻作戦「平和の泉」を発動した。7日、アメリカ軍部隊が突如国境地帯のギレスピ(タルアブヤド)、セレカニエ(ラスルアイン)から撤退を開始したと伝えられ、トルコ大統領エルドアンは早期の北シリア侵攻作戦開始を発表した。直後の軍事行動はなく小康状態が続いていたが、遂にトルコは危険な冒険に打って出た。

VOAニュースより:編集部

今回の作戦は昨年初めてクルド勢力掃討を目的に行われたアフリン侵攻作戦をなぞっている。アフリン侵攻作戦の際には直後にトルコ軍によると思しき作戦の経過を発表するためのツイッターアカウントが作成された。今回も作戦開始が発表されると同様のアカウントが作成された。

エルドアンは以前も北シリアへの侵攻作戦を発表し、トルコ軍はこれまで何度も国境地帯の砲撃等挑発を繰り返してきたが、その際にはこのようなアカウントは作成されなかった。アフリンの住民はトルコによる占領後、トルコ傘下の反体制派勢力の略奪身代金目当ての誘拐の恐怖にさらされている。今回の作戦で占領される地域も同様の運命になると見られる。

各国からは批判的な声明が相次いだ。同日ヨーロッパ諸国の要請で緊急の安保理が開催された。トルコ代表はただ一人自国の主張を擁護した。トルコの言う「安全保障上の懸念」「テロ組織の掃討」といった大義は国際社会に受け入れられていない。トルコが掃討を目指すシリアのクルド勢力はテロ組織イスラム国壊滅の立役者だ。またトルコ領内のクルド勢力と直接的な連携をとったこともない。

エルドアンが7日シリアへの侵攻を表明して依頼、リラも大きく下落した。市場関係者も今回の軍事行動がトルコ経済の前途を暗くすると受け止めていることの証左だ。アサド政権対反体制派勢力という構図はもはや終わり、トルコ並びそれに与する勢力対アサド政権並びにクルド勢力の祖国防衛戦争の様相を呈している。トルコが北シリアを占領できたとしても、占領地ではゲリラによるテロ、暗殺が相次ぐであろう。

アメリカ軍部隊の撤退が伝えられると中東問題の識者、ジャーナリストは一斉にアメリカがクルドを裏切ったと発言した。しかし実際にはアメリカは根本的な方針転換はしていない。未だシリア全域から撤退しておらず、トルコ軍が侵攻を開始する直前の9日にもクルド勢力との共同警備を実施していた。しびれを切らしたトルコとの軍事衝突という最悪の事態を避けたと言うのが正しい。

トルコはアメリカの足元を見ている。イランにおける無人機撃墜に反撃しなかったこと、強硬派ボルトンの解任が、エルドアンには「青信号」と映っただろう。また元来外征嫌いのトランプが選挙を控え尚更戦争には及び腰になるだろうと踏んだのは想像に難くない。

またやれるものならやってみろというトランプ流の揺さぶりとも解釈できる。トランプはエルドアンとの電話会談の中で撤退を申し出たと伝えられている。トランプは以前もエルドアンとの電話会談でイスラム国掃討は本当に可能かと問い詰めたことがある。アメリカ政府が撤退に伴い発表した声明の中の「アメリカはトルコの作戦に関与しないし支援もしない」というのはクルド人がトルコへ抵抗することを許可したと解釈することも可能だ。アメリカは過去クルド側にも自制を求めていたが、今回はトルコの侵略を前に座視せよとは要求しなかった。

アメリカのクルドとの同盟は過去のような一時的「利用」ではなく、長期的な戦略変化の一環である。トルコは中東におけるNATOの牙城であった。アメリカはかつてトルコ政府によるクルド人の民族運動の弾圧をも支援していた。しかしエルドアン政権が成立しトルコはイスラム国家化へ舵を切り、あろうことかイスラム国を支援しているという疑惑も飛び出した。イスラム国打倒のためにクルド人支援を開始したことも相まり反米世論も強まってきた

アメリカは同盟国の変質により、関係の見直しを迫られた。アメリカはトルコが完全な敵国になることも想定に入れていると見られる。東地中海ガス田開発問題で紛争を抱えるキプロスギリシャの防衛力強化にも乗り出している。クルド人は中東では珍しい親米派だ。イラクのクルディスタン地域含めクルド人が自治を獲得することは、中東の中心アルジャジーラ(チグリス・ユーフラテス川に挟まれた島の意)に新たなイスラエルが誕生するに等しい重要性がある。

トランプはトルコ軍の侵攻開始後改めて、トルコがもしクルド人虐殺・追放をすればトルコ経済を破滅させると発言した。一方14日、クルド勢力はアメリカを見限るかのようにシリア軍と急遽合意をしシリア軍部隊がクルド勢力支配地域に進駐した。これがトルコの侵略を防ぐ緊急の措置なのか、長期的な戦略変更なのか現時点で断定するのは早計だ。このような試練の中、アメリカのクルドシフトはまだ始まったばかりである。

並木 宜史(なみき のりふみ)フリージャーナリスト
1992年、東京都生まれ。大学在学中にクルド問題に出会って以来、クルド人を中心に少数民族の政治運動の現地取材を続ける。6月22日放送、NHK ETV特集「バリバイ一家の願い~“クルド難民”家族の12年~」にて、トルコのクルド人の状況について監修。

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