治水と公共事業への冷静で中立的な評価(嘉田由紀子氏の論考から)

2019年10月21日 14:00

台風に伴う洪水被害拡大に乗じて、「八ッ場ダムが利根川氾濫から救った」とか「スーパー堤防はやっぱり推進すべきだ」とかいう短絡的なデマが幅をきかしている。

もちろん、民主党政権下の性急な公共事業停止や有益なインフラ整備についての後ろ向きすぎる考え方とか蓮舫氏に代表される扇動的な糾弾は批判されるべきであるのはいうまでもない。

しかし、戦後の建設行政のなかで進められてきた、ダムなど巨大システムへ過度に傾斜した治水のありかたには問題が多く、方向転換が必要であることも間違いのないことである。

嘉田由紀子氏の秀逸な論考を支持する

嘉田氏Facebookより

そうしたなかで、今回の問題については、両極端の荒っぽい議論が多くて、困ると思っていたら、元滋賀県知事で現参議院議員の嘉田由紀子さんが、非常に分かりやすいブログをFacebookに掲載されていた。

もともと、水問題の専門家であり、あえて政治家としての立場を抑えて書いてあり、公正なものと思う。Facebookなのでリンクを貼れないので本人に相談したら、コピペの形で転載して構わないと仰るので、末尾にそのまま掲載させていただいている。少なくともここに書かれていることに限定すれば、私も100%賛成である。

話題の八ッ場ダムについていえば、あのダムがなくともどこも決壊しなかっただろうし、それなりの効果があったとしてもそれはダムが空だったという特殊な条件が今回はあったからだし、同じ予算をかけたらもっと効果的なことができるということなしに、八ッ場ダムを評価するのはまっとうな議論でない。

ゼネコン本位の巨大ダム至上主義に疑問

日本経済の不振の原因も、工事そのものが自己目的化して効率性を軽視したインフラ整備にかなり大きな責任を分担してもらうべきものなのである。

私は水問題について専門家ではないが、まったく素人でもない。1978~80年に国土庁に出向し地方振興を担当し、80~82年のENA留学中は特に希望して地方建設局の研修生も経験してフランスの建設行政の現場を経験している。

帰国後は工業用水課(通商産業省の水資源問題総括)の課長補佐をつとめたが、これは通産省でただひとつの公共事業予算をもったセクションであったし、その後も、関連したポストを何度か経験すいている。

そのなかで感じたのは、ダム、流域下水道などに代表される(いまならスーパー堤防が加わるだろうが)、巨大公共事業至上主義の愚かさだった。

都市計画や避難計画、もっとコストが小さく完成に時間がかからない分散型のインフラなどではるかに合理的にできるのに、スーパーゼネコンだけが喜ぶ巨大公共事業に傾斜し、オイルショック以降の経済環境の変化があっても計画を変えないのは論外だと思った。

そのあたりの話、それから、民主党政権下のインフラ建設中止のやり方の稚拙さについては別の機会に書きたい。

八幡 和郎
八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

試験湛水中の八ッ場ダム(10月13日朝、国交省サイトより)

付属資料:嘉田由紀子氏Facebook

台風19号被害の背景と今後の対策案:その1(10月15日

14日夜までのNHKの集計によると、台風19号で、少なくとも58人が死亡、14人が行方不明となっています。浸水が広範囲に及ぶなか、各地で捜索活動が続けられており、水没家屋の中での溺死などの被害発見はさらに広がる恐れがあります。心が痛みます。被害に遭われた皆さまに心からお見舞い申し上げます。

また浸水被害などで途方に暮れておられる皆様が一日もはやく生活が再建できるように、政治と行政の責任は重いです。本日、安倍総理大臣が、台風19号を激甚災害に指定をする方向ということ、被災者の皆さんの支援にとっても大事な決断です。15日に予定されている参議院予算委員会でも急きょ、台風19号関連の質疑の時間を追加する、ということです。

今回の豪雨による被害背景と、滋賀県が進めて来た「流域治水推進条例」のようなソフト、ハード対策を進めることによる再発防止策について、現時点での意見を数回にわけてまとめてみます。長いです(2000文字)。9月14日。

台風19号で、東日本を中心に、37河川52ケ所で堤防が破堤、越水は200ケ所をこえた。氾濫や浸水がなぜ起きたのか?という疑問には、想定を超えた雨量が要因といえるでしょう。「観測史上最大」といわれるような記録的豪雨が100ケ所以上で起きたということですが、その要因としては温暖化の影響が指摘されています。温暖化の時代、観測史上最大豪雨は今後毎年のように起きるかもしれません。

観測史上最大のような豪雨が広範囲に降った場合でも洪水を抑え込むことができるダムや堤防整備などのハード整備が日本中くまなく完成しているわけではありません。ハード整備はかならず「計画規模」という想定雨量があり、観測史上最大のような規模はカバーできていません。「計画規模」を超えた場合には河川の氾濫や堤防の破堤が起きてしまうことは避けられません。ただ政治や行政責任者として「河川が溢れる場合がある」と宣言することは大変苦しいことです。

私自身、2006年に滋賀県知事に就任した直後から「どんな大雨でも枕を高くして眠れるように河川の中に豪雨を閉じ込めるのが河川管理者としての知事の仕事だ。その為にまずはダムをつくり河川改修を行え」と何度も何度も県議会で指摘されました。「いかなる豪雨でも川の中に閉じ込めて、住民が安心してくらせる地域づくり」は確かに理想です。しかし、この理想が今、ふたつの理由で実現できなくなっています。

理由は大きく分けて二点あります。ひとつは、温暖化による豪雨が増え、想定外が増えるという気象変動の理由だ。もうひとつは都市化の影響だ。それまで農地だった地域が住宅地に代わるととたん、地域から流れ出る水量は増える。またくねくねとまがっていた河川が、まっすぐにされ、護岸や水路がコンクリート化されたら下流には短時間に水が流れるようになる。「水が早く出てくる」と昔を知る古老は言う。

またそもそも日本のように山がちの地形で、降雨量が多くて、河川が多い地域では、水害が発生しやすい地形は昔からわかっていました。滋賀県では、瀧健太郎さん達が中心となり、河川整備がいくら進んでも、相対的に危険な場所は変わらないと断言します。溢れた水は低いところに集まるからです。「滋賀県開発行為に関する技術基準」に示した図はわかりやすいです。

今回の浸水被害地域の中から二か所紹介します。ひとつは、長野県の北陸新幹線の長野車両基地が水没し、120両もの車両が水没し巨額の被害をこうむってしまった事案です。赤沼という地名からして水域を想定させる地域はもともと、千曲川と浅川の合流点上流で、地形的にも危険な場所でした。昔から「水害常襲地」と地元の人は言い、ハザードマップでも4メートル以上の浸水が想定されています。

このハザードマップの被害を想定できていたら、台風が近づくなかで車両を避難させることはできたかもしれません。昔の話ですが、大雨が近づくと農家は牛たちを安全な高台に逃がしたということは各地で聞かせてもらいます。今回の被害から、次にむけて「BCP(Business Continuity Plan)」をつくってもらいたいです。

もうひとつは、埼玉県川越市の平屋建ての特別養護老人ホームと障害者施設です。川の近くにある障害者施設「初雁の家」や特別養護老人ホーム「川越キングス・ガーデン」の一帯が水没して、200人以上がかろうじて救出され、命を守れたということでした。ここも入間川と越辺川の合流地点で、川越市のハザードマップでは4メートル以上の浸水が想定されています。

実は滋賀県での条例では、ハザードマップは「地先の安全度マップ」と名付け、住民目線での「地先」という言葉と、ハザード(危険性)ではなく、住民にとっての安全度を確保する、という意味での名付けとしました。ただ、今のところ、「地先の安全度マップ」という名称はなかなかひろまりません(微笑)。

台風19号被害の背景と今後の対策案:その2(10月19日)〜利根川上流の八ッ場ダムの建設効果をめぐる自民党系と旧民主党系の言い分を治水政策論として検証しよう!

東日本豪雨の10月12-13日にかけて、利根川上流の八ッ場ダムがほぼ完成して、試験的貯水で、水を溜めてくれたので、首都圏が洪水から守られた、という意見がネット上でひろがっています。また自民党系の政治家は「だから八ッ場ダムをつくってよかった」という論調になっています。

一方で、2009年に政権交代をして、八ッ場ダムの見直しを提案した民主党系のあるは政治家は「ダム推進派は八ッ場ダムのお蔭で利根川を守ったと強調しているようだが事実ではない。八ッ場ダムがなかった場合水位は17センチ上昇したに過ぎず、氾濫は考えられない」と記しています。

今回、八ッ場ダムがどのような役割をしたのか。図2をみていただくと、埼玉県と東京都の境界近くの久喜市栗橋での水位低下効果は17㎝です。利根川の当時の最高水位の9.67mが、八ッ場ダム貯水がなければ9.84mになったという計算です。

ただ、この地点での安全に水を流せる堤防の高さは12メートルあり、それよりはるかに低く、八ッ場ダムの貯水がなくても利根川の堤防破壊は起こらなかったであろうと、言えます。

また図3を見てください。ダムが完成した時のダム運用規則は、まず「洪水期」と「非洪水期」にわかれ、今回の台風19号が関東地方を襲った10月12日は「非洪水期」であり、治水容量はゼロであり水道用水と工業用水といわゆる「維持用水」です。

つまり、今回はたまたま「試験運用」だったので、7500万トンを治水に活用できたので、これは極めて例外的で、今回限りの治水機能発現だった、といえます。

またダムによる治水はたまたまダムの上流に降る雨しか溜められません。利根川全体の治水安全度を高めるためには、今回の水害で弱さが露呈してしまった堤防強化のほうが、流域全体の安全性を高めることができます。八ッ場ダム建設費の5600億円を堤防強化にむければ単価コストにもよりますが、1000キロの堤防補強ができるというデータもあります。これは右岸と左岸、両岸を強化したとしても322kmの利根川全体をカバーすることができます。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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