南京で語った文化コミュニケーションの意義

もう1か月前以上のことで恐縮だが、南京大学の先生に声を掛けられ、当地で行われた会議に参加したので、そのときのことを振り返りたい。

9月19日、中国商務省と南京市が共催した2019グローバル・サービス貿易サミット(全球服務貿易大会)の分科会で、「国際文化芸術交流フォーラム」と銘打った公開座談会である。要は、南京の文化・芸術を、世界に売り出すビジネスの知恵をみんなで出し合おうという趣旨だ。

中国では今、習近平が「四つの自信」を訴え、そのうちの一つに「文化の自信」を含めている。国内で伝統文化の継承を唱えるだけでなく、中華文化を世界に伝えようという国家戦略がある。国が押し進める大きな流れの中で、地方間の競争が激化しており、私が参加した会議もそうした背景がある。南京は江蘇省の省都でありながら地の利が薄く、上海に近い蘇州や無錫など省内の他市に比べ、経済的にも後発で、より危機感が強い。

かつて上海特派員だった時代は、高速鉄道でしばしば通った土地である。12月13日の「南京大虐殺」記念日には必ず足を運んで追悼式典に参加した。一方、在上海日本総領事館が主催する日本文化紹介イベントも盛んで、「日中交流は南京から」を合言葉に現地の人々と多くの交友を結んだ。

座談会で私が伝えたのは、中国という大きな物語ではなく、「南京ストーリー(南京故事)」を語るべきだということ。南京にはまだまだ、特に日本人にとって、掘り起こすべき歴史的遺産があり、語るべき物語がある。

南京はかつて「呉」と呼ばれた国の首都として栄えた古都であり、この地を中心とする江南地区は日本とも文化的に縁が深い。「呉服」の名前にもそれが残っているし、三国志は日本人にもなじみが深い。戦火で被害を受けた南京の城壁修復に、画家の平山郁夫氏が力を注いだことは、多くの南京人が知っている。

日中関係において困難な歴史を抱える土地ではあるが、だからこそ、それだけではないストーリーを現在のわれわれが語る努力をすべきである。人との関係だけでなく、国と国との関係も、客観的に存在しているわけではなく、いかに人々が物語を語るかにかかっている。

全くの想定外だったが、この日の会議では、中国対外文化交流集団副総裁の王晨氏が日本の越後妻有で開かれている「大地の芸術祭」について、PPTを使いながら詳しい紹介をしてくれた。

大資本や大きな物語に頼るのではなく、その土地ならではの資源を用い、創意工夫によって独自の文化を創造し、しかも経済的な成果も生むことができる事例は、中国でも注目されている。地域振興は日中共通の課題なのだ。

今回の南京行で大きな収穫だったのは、長らくご無沙汰していた友人、韓金龍、金元安、張孟亜の酒飲みトリオに再会できたことだ。みな元気そうでなりよりだった。今度、大学まで遊びに来てくれることになった。また楽しみが一つ増えた。




編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2019年10月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。