先の大戦を省みる起点としての12月8日 --- 丸山 貴大

2019年12月08日 21:00

日本軍機の攻撃で大打撃を受けた米軍艦(米海軍公式写真より:編集部)

NHK放送文化研究所は2013年8月2日から4日に「平和観についての世論調査」を実施した。調査方法は電話法(RDD)、調査対象は全国20歳以上の男女2,500人で調査回答数(率)1,503人(60.1%)だった。

本調査の第1問は「あなたは、日本が真珠湾を攻撃し、太平洋戦争が始まった日を知っていますか。『何月何日』というようにお答えください」という太平洋戦争の開戦日に関する設問だった。この問いの正答である「12月8日(12月7日)」と答えた割合は20.0%だった。そして「知らない、わからない、無回答」は74.8%だった。

第2問は「あなたは、日本が終戦を迎えた日を知っていますか。『何月何日』というようにお答えください」という太平洋戦争の終結日に関する設問だった。この問いの正答である「8月15日」と答えた割合は67.5%だった。そして「知らない、わからない、無回答」は23.2%だった。

本調査の年層を見てみると、20代と30代はそれぞれ3.4、8.1%と合わせて約1割だった。40代と50代はそれぞれ13.6、13.8%と合わせて約3割だった。そして、60代と70歳以上はそれぞれ23.7、33.8%と合わせて約6割を占めた。

戦後世代の多くは真珠湾攻撃の日付について答えられなかった。その一方で「終戦の詔書」が国民に対して読み上げられた日付については、約7割近くの人が答えられた。

余談だが、1945年8月15日を「終戦の日」または「敗戦の日」と呼ぶかについては「終戦」と「敗戦」という言葉の使い方が異なる。また、そもそも8月15日を記念日とすること自体、疑問視する声もある。その日は前日にポツダム宣言を受諾した旨を国民に知らせた日だ。日本が正式に降伏し、第2次世界対戦が終結した日は、降伏文書調印が行われた1945年9月2日だ。

太平洋戦争の「終」について認識が異なると当時に、その「始」についても意見は様々だ。満州事変が勃発した1931年9月18日を太平洋戦争の起点と考えて「十五年戦争」と呼んだり「アジア・太平洋戦争」と呼んだりする。また、そもそも太平洋戦争は「大東亜戦争」との主張もある。つまり、東アジアや東南アジアの地域を欧米の植民地から解放して「大東亜共栄圏」を作り上げることが日本の大きな目的であった、ということだ。そして何より開戦は自存自衛の為であった、とも言う。

先の大戦の始まりと終わりの内容に関する認識は三者三様であろう。しかし、真珠湾攻撃の日付そのものについて知らない人が多いことは事実だ。つまり、そのような「始」の意識は希薄であり、原爆投下以後の「終」に対する意識の方がはるかに大きいようだ。後者は、戦争における日本の被害に重きが置かれる。それに比べ、前者のような日本の加害が重視されづらいのは何故なのだろうか。

映画監督の森達也氏は『すべての戦争は自衛から始まる』(講談社、2019年1月16日)において、ベルリン自由大学の学生たちとのある会話を紹介している(47-48頁)。2013年の夏、学生たちと話す機会があり、話題が首相の靖国参拝に及んだときのことだ。学生の一人が8月15日は日本の戦争におけるメモリアル・デーなのか、と質問した。

森氏はその日が終戦記念日であるからメモリアル・デーといえると思う、と答えた。また、広島と長崎に原爆が投下された8月6日、9日もメモリアル・デー、と答えた。そして、ドイツのメモリアル・デーはいつかと訊ね、ベルリン陥落について言及した。

すると、学生たちは首を横に振り、その日はドイツにとって重要な日ではない、と答えた。数人の学生は重要な日として1月27日を挙げた。その日はアウシュヴィッツが連合国によって解放された日だった。そして、ヒトラーがヒンデンブルクから首相に任命されてナチス内閣が発足した1月30日も挙げた。

この話を聴き、森氏は絶句した。そして、この違いの大きさを感じた。日本のメモリアルは被害の記憶と終わった日であるのに対して、ドイツのそれは加害の記憶と始まった日だった。どちらを記憶すべきであり、起点に考えるべきなのか、と自問自答していた。

森氏は、日本は結果として加害の記憶に被害の記憶上書きし、終わったことを起点に考えることを選択したと述べている。戦争の終わりはむしろ戦後の始まりであり、そこから日本の新たな歴史が始まると考えた。

物事の終わりがあれば当然ながら始まりが存在する。その意味は、当時と今日においてでは意味が異なる場合もあるだろう。故に、歴史認識に齟齬を来すことになる。それが尾を引いて近隣諸国と軋轢を生んだり、ミスコミュニケーションを誘発したりしてしまう。それは、先の大戦に関するスタートラインが異なるからだ。そのため、歴史を同等に共有することが困難になってしまう。

戦争における事実を認定し、その歴史の後遺症を理解して分かち合うための大前提として、我々が刻むべきメモリアル・デーの一つに1941年12月8日の真珠湾攻撃、開戦の日がある。それが加害責任であり、戦争責任でもある。それは、勝てば官軍負ければ賊軍の論理により、一方に押しつけられるものでなければ、事後法によって裁かれるものでもない。そのようなメモリアル・デーの意味するところは、悲惨な戦争の歴史を繰り返さない責任のことであり、過去を真摯に省みる起点である。

丸山 貴大 大学生
1998年(平成10年)埼玉県さいたま市生まれ。幼少期、警察官になりたく、社会のことに関心を持つようになる。高校1年生の冬、小学校の先生が衆院選に出馬したことを契機に、政治に興味を持つ。主たる関心事は、憲法、安全保障である。

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