日本人は「善きサマリヤ人」であれ

2019年12月09日 11:30

TVをみていたら2014年公開された米映画「ネイバーズ」をTVで放映する予告が流れた。静かな住宅街に引っ越した夫婦の近くに男子学生グループが引っ越してくる。深夜までうるさい学生たちに悩まされ、夫婦が苦戦するコメディーだ。世の常で隣人といい関係を結ぶことは容易ではない。

隣人同士だけではない。隣国同士の関係もそうだ。日本国民は今、嫌というほど経験しているだろう。日韓関係だ。お隣の国に反日の権化、文在寅大統領が就任して以来、「歴史上最悪の隣人関係」と呼ばれるほどになった。

▲ロシアとの関係改善に積極的なウクライナのゼレンスキー大統領(訪日して安倍晋三首相と会談、2019年10月21日、内閣広報室サイトから)

▲ロシアとの関係改善に積極的なウクライナのゼレンスキー大統領(訪日して安倍晋三首相と会談、2019年10月21日、内閣広報室サイトから)

ウクライナとロシアの両国関係もロシアが2014年クリミア半島を併合して以来、険悪な関係が続いてきたが、今年春、ウクライナ大統領に当選したヴォロディーミル・ゼレンスキー氏が就任して以来、関係改善への動きが出てきた。今月9日にはパリでロシア、ウクライナにフランスとドイツを加えた4カ国首脳会談が開催される。テーマはウクライナ東部の親ロシア地域の地位問題と選挙の実施だ。テレビで大統領の役割を演じて国民の圧倒的な人気のあるゼレンスキー氏だけにウクライナ国民の期待も大きい。ぺトロ・ポロシェンコ前大統領のような愛国主義一色の外交ではなく、もう少し大局的な視野でロシアとの関係を改善できるのではないか、という期待だ。

両国は旧ソ連時代の2大共和国だった。ウィーン大学のウクライナ語を教えている教授によれば、ウクライナ人は情的な民族であり、ロシア人は割と合理的な思考に長けているという。いずれにしても、両民族は歴史、国民性、性格は異なるから、ロシアとウクライナ両国の共存は大変だ。

カナダの騎馬警官(Mountie)を描いたテレビシリーズ「Due South」(騎馬警官)はカナダ人と米国人の違いを描いた名作だろう。カナダの騎馬警察ベントン・フレイザーは父親を殺した犯人を捜しに米シカゴ警察に行く。そこでシカゴ刑事レイ・べッキオと一緒になって事件を解決するが、シカゴ警察官は最初はカナダ出身の騎馬警官を小ばかにしていた。米国から見れば、カナダ人は田舎者というわけだ。

そういえば、トランプ米大統領とカナダのジャスティン・トルドー首相との関係はあまり良くない。北大西洋条約機構(NATO)首脳会談でトルドー首相がトランプ氏を笑い種に歓談していたシーンが放映されると、トランプ氏はトルドー首相に激怒したという話が報じられている。両者の関係は決して政治信条の違いだけではない。両国の国民性の違いもあるのだろう。ドイツとオーストリアの関係に少し似ている。前者は大国の兄貴、後者は小国で弟といった関係だ。ドイツ人は何かある度に隣国オーストリアを小馬鹿にする傾向がある。その点、米国とカナダの関係と似ている。

欧州ではドイツとフランス両国関係は第2次世界大戦後、しばらく険悪な関係が続いたが、フランソワ・ミッテラン大統領(在位1981~95年)とヘルムート・コール首相(1982~98年)の友好関係を通じて改善していった経緯がある。ただし、マクロン大統領とメルケル首相の関係は最初は良好だったが、ここにきて欧州の共同防衛問題から経済問題まで意見の相違が表面化してきた。欧州連合(EU)の盟主争いの雰囲気も感じるほどだ。

いずれにしても、上記の隣国関係は現実の政治問題が契機となって関係が悪化するという感じだが、日韓関係は歴史が絡んでくるだけに一層複雑であり、解決を難しくしている。日韓併合、元「徴用工」問題、慰安婦問題、旭日旗問題まで争点は広い。時には、16世紀の豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)まで遡って争いが展開される。大多数の争点は現在生きている両国国民とは関係のないテーマだ。

隣人、隣国とは、地理的に、物理的に近いことから、その言動は即相手側に伝わるから、良きニュースならいいが、そうでない場合、紛争、対立はプログラミングされてるといっていいだろう。インターネット時代の今日、情報は迅速に相手側に伝わり、フェイクも流れるから、IT時代はそれ以前より紛争に事欠かないわけだ。昔はコミュニケーションの欠如が紛争の原因と受け取られ、対話が解決の最善策と受け取られてきたが、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)時代、対話は事欠かないが、関係が改善されたとはあまり聞かない。

ところで、イエスは「隣人を愛しなさい」と諭した。遠い地域に住む異国の人を愛せよとはいわなった。ということは、イエスの時代も隣人を愛することが容易ではなかったわけだ。簡単だったら、イエスはわざわざ「隣人を」とは言わなかっただろう。隣人は近くにいるから、いい点も悪い点も即見える。隠すことができない。悪い点が見えた時、どうしてもいがみ合いが出てくるからだ。

イエスは善き隣人として「善きサマリヤ人」(新約聖書「ルカによる福音書10章)の話をしている。簡単にいえば、「隣人」とは地理的に近く、民族的、国家的にも親しい人、国をいうのではなく、困っている人(国)を助ける人を「隣人」と呼ぶというわけだ。

日本は戦後、世界のために数多くの貢献を行ってきた一方、東日本大震災や自然災害にあった時、世界から救援物資や励ましが日本に届けられた。日本は世界の多くの「善きサマリヤ人」に感謝してきた。同時に、日本人も隣人、隣国に対し、やはり「善きサマリヤ人」でありたいものだ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年12月9日の記事に一部加筆。

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