メキシコでパイプライン“石油抽出犯”が減っても新たな犯罪が増えたわけ

2019年12月19日 06:00

メキシコ・グアナフアト州(地図中の緑:Wikipedia)

メキシコで最も殺人事件の多いグアナフアト州では最近9か月で誘拐、強盗、ゆすりが25%も増えたという。理由はそれまで地元の小規模なカルテル「サンタ・ロサ・デ・リマ」が石油パイプラインから石油を抽出し転売して利益を稼いでいたビジネスができなくなったからである。

出来なくなったのは、昨年12月にアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(アムロ)が新大統領として就任して、それまで20年近く地元のカルテルが主体となって行っていたパイプラインからの石油の抽出の阻止にアムロは乗り出したということで石油の抽出そのものが困難になったからである。

そこでこの転売によるビジネスの代わりに前述したような犯罪がそれに代わったのである。

特に、グアナフアト州でこの抽出による盗難ビジネスが盛んだったのはメキシコで最大の石油会社ペメックス(PEMEX)のパイプラインの3分の1が同州に設置されているからである。

PEMEXのサイトで紹介されているパイプライン(pemex.com:編集部)

アムロが大統領に就任する以前はサンタ・ロサ・デ・リマがそれをビジネスとして重要な収入にしていた。それに目を付けたのがハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオン(CJNG)といってメキシコで最大のカルテルでしかも最も狂暴なカルテルが割り込んで来たのである。そこでこの石油抽出ビジネスを支配すべく両者の争いが始まったというわけである。

その結果、昨年1月から9月までに88715件の犯罪の取り調べが記録されたというのである。ところが、パイプラインからの石油の抽出が困難になった今年からは誘拐、強盗、ゆすりが増えたことで犯罪記録が9月の時点で昨年1年分のそれを上回ったというのである。(参照:animalpolitico.com

アムロの略称で知られるメキシコのロペスオブラドール大統領(Wikipedia)

アムロ政権はパイプラインからの石油の抽出を阻止すると、それに代わる犯罪が生まれて来るということを予期しなかったようである。それが今年に入って前述したような別の犯罪に取って代わられたのである。

例えば、サンタ・ロサ・デ・リマの場合は小規模な地元のカルテルであるが、組員に給与といった報酬を払ってやらねばならない義務がある。それは組織を維持するために絶対に必要なのである。ということで、パイプラインからの石油抽出のビジネスが断たれるとそれに代わる収入源を確保する必要が必ず生まれて来た。それが誘拐、強盗、ゆすりの方に向かったというわけである。

またCJNGが次第に支配を強めて行った背景には地元の政治家や警察の幹部との絆を強めて行ったからである。資金力のあるCJNGは彼らに賄賂を配るのは得意である。(参照:elespanol.com

国家公共治安システム委員会(SESNSP)が発表した数字で見ると、2016年に947人が殺害されたのに対し、今年は9月の時点で既に2008人が殺害されたとなっている。昨年は9月の時点で1943人だった。

しかも、グアナフアト州で犯罪が容易に実行されるのは無処罰に終わる場合88%もあるからである。即ち、犯人が容易に見つからない。見つかって逮捕されても政治家や警察と癒着しているので釈放される場合が往々にしてあるということなのである。

また、同州で計画的に殺害された暗殺者は今年9月だけでも285人いるという。(参照:animalpolitico.com

グアナフアト州の57万人の都市イラプアトのエンリケ・ディアス・ディアス司教によると同州内の各地の教会で殺害などの重い犯罪の犠牲者の家族などがそれを広く知ってもらおうとする証言には尽きることがないという。

「犯罪組織による犠牲者の数は驚くほどに多く、市民が安全性に欠け、無力で、放置されている感じだという印象を強く受ける」とディアス司教は表明している。

更に同司教は警察など社会秩序を守らせる組織が腐敗して連携に欠け、犯行者の無処罰とペメックスに勤務者のカルテルとの癒着がこれまでパイプラインからの石油の抽出を容易にさせて来たということも指摘した。

だから、教会における全ての行事は日が明るい内に済ますようにしているそうだ。

グアナフアトの街(Russ Bowling/flickr)

最近起きた犯罪の例を挙げると、10月4日にセラヤ市でトラクタージョンディアの支店に武装したグループが乱射。その5日後の9日にはサラマンカ市で市庁舎の近くのバルに武装した2人が入って乱射し中にいた5人を殺害。それから僅か3日後には市の墓地で葬儀している最中に攻撃を受け3人が死亡し、6人が負傷。

セラヤ市で兄弟が昨年11月に誘拐されたまま消息を絶っている姉のグリセルダは家の玄関から出て外に出た瞬間から恐怖を感じるという。そして彼女は外出せねばならない時にドアーを開けよと命令される感じで、その時に「今日という日を賭けてみる。帰宅できることを期待している」と自分に言い聞かせて外出するのだと告白している。(参照:animalpolitico.com

アムロはグアナフアト州政府に6000人の国家警備隊を派遣すると約束して実際にその部隊が警備をするのであるが、それが断続的に行われて毎日の警備が実施されていない点に問題があるとレオン市の市役所のソフィア・ウェット公共安全担当が取材に答えた。

さらに問題は国家警備隊の幹部の訪問を受けるが、情報を同伴しないので、異なったカルテルや地元のカルテルの動きについての情報の提供がなく、どこで石油の抽出を行っているのか、それを隠し貯蔵している場所などの情報がないため州政府からは適切な対処ができないでいるという。

しかも、アムロは「カルテルと抱擁、銃弾は使用しない」というスローガンを掲げてカルテルと直接対決することを避けるようにして、法を守らせるようにという指示を出している。(参照:elespanol.com

その一方で、警察は給料も安いのに銃弾と制服も実費で購入しなければならない状態だという。そのような貧相な状態にある警官が殺害されて、エル・アグア市の警察署が行う、殉死した警官に敬意を表する葬儀に家族が参列を辞退するという事態も発生したそうだ。

それも察してアムロは軍隊と警察から隊員を集めて国家警備隊を編成する時に給与面でも優遇することを約束したが、この警備隊そのものがまだ十分に機能していないのが現状だ。だからカルテルを前に十分な体制で戦えないでいる。

白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家

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