大学時代の同級生が上場起業家になってしまった件

2019年12月19日 11:30

元号が令和に変わった本年も残すところ10日余り。国内外の景気減速も取りざたされる中で、日経平均株価はおととい(12月17日)、年初来高値となる終値2万4066円となるなど、この1年の株式市場は堅調に推移した。ただ新規上場(IPO)は11月時点で70。12月は駆け込みで22社が上場する予定だから今年は92社になる見通し。過去4年のIPO数(98→86→96→98)と比べると、やや足踏みといったところだろうか。

東証(写真AC)

それでも、日本全体の企業数が約350万社以上ある中で、上場しているのは3655社(2018年)だから0.001%に過ぎない「超エリート」であることに変わりはない。ましてや世間的には全くの無名のゼロからスタートし、創業から数年でIPOまでたどり着けるというのは、まさにジャパニーズドリームだ。

私は独立して7年の間に、松田公太さん、経沢香保子さん、家入一真さんなど創業からの上場を経験した起業家の面識を得て親しくもさせてもらっているが、あらためて見ると、みなさんがいかに若くして「偉業」を達成されたのかを思い知る。

と同時に、学生時代の同級生がその“檜舞台”に上がるというのは、まだ信じられないような思いだ。

サラリーマンから起業への道

シェアリングエコノミー協会FBより

あす20日、東証マザーズに新規上場するスペースマーケット。貸しスペースの事業で急成長し、シェアリングエコノミー業界の代表的な存在として、ご存知のかたも多いだろう。

実は同社の創業社長、重松大輔くんとは早稲田大学法学部1年生のとき中国語クラスで一緒だった。高校時代はラガーマンで、飲み会で「酒に酔ったことはない」と豪語する、いかにも体育会系という雰囲気で、下戸の私などは圧倒されるだけだったが、その頃はまさか起業家になるとは夢にも思わなかった。

出来の悪い私は単位を落としてしまい(苦笑)、クラスも離れ、そこから十数年しばらく疎遠になっていたのだが、私が新聞社をやめた後の7年前ほどからSNS経由で付き合いが復活。たまに飲みに行くようになった。ただ、その頃、彼はベンチャー企業のサラリーマン部長だった。

さて本稿では、ただの“友達自慢”に終わらせるつもりはない。重松くんの起業するまでの歩みは、「実力があるけれど」組織でくすぶっているサラリーマンの人たちにもヒントになるところがあると思い、少しばかり私目線から感じたことをつづりたい。ことに同年代の起業家たちが若くして上場もする中で、“遅れた76世代”と自称する彼は、地道にサラリーマン経験を経ているので、堀江さんや家入さんのように、“浮世離れ”(?)したケースよりは一般的には参考になりやすいはずだ。

会社員時代、社内外入り乱れての勉強会を開催した理由

大学卒業後の彼は2000年、NTT東日本の法人営業で社会人生活をスタート。当時は就職氷河期真っ只中だから「何とか入った大企業で定年まで頑張るのかな」と思っていたようだが、その頃のNTTは民営化されてから十数年経っていたとはいえ、書類仕事ひとつとってもギチギチに詰められるなど役所カルチャーは色濃く、新しいことをしたいという思いを募らせたようだ。

それに加えて推測だが、自社を取り巻く変化への危機感もあったはずだ。ネットの普及で、NTTが官僚体質をひきずったままであれば、通信インフラを提供するだけの「土管屋」と化す可能性も一部予期されはじめていた。

そして重松くんは、親しかった入社同期が先にNTTを辞め、サイバーエージェントを経由して起業していた会社に合流する。写真のITサービスを展開するフォトクリエイト。その頃はわずか15人だったそうだが、ここで営業の責任者として同社を引っ張り、のちに上場するところまで貢献する(現在はCCCの子会社化に伴い上場廃止)。

私が彼と再会したのは2012年秋、独立するタイミングで、その時の重松くんはフォトクリの営業部長として若い部下たちをまとめていた。彼が面白いのは忙しい本業に飽き足りず、会社の会議室を使い、社内外の人も入り乱れて50人規模のビジネス勉強会を毎月のように開催していた。

私は記者経験を生かし、テレビ局の元社員とともにプレスリリースの書き方講座で話をさせてもらう機会に恵まれたのだが、講師はたまに著名な経営者も来たりしていた。それでいて参加費は飲食プラス@くらいのリーズナブル。

自身や同僚のスキルアップが目的だが、それ以上に「交流の場をつくる」ことが理由で、人脈形成に非常に熱心だったことが印象に残っている。その頃はFacebookが普及しはじめて数年で、無名の上場前企業の会社員というのに、友達の数が2000人を優に超えていたのに驚いた(現在は5000人弱)。

「社外人脈」がますます重要な時代

起業志望者向けのサイト(ビザスク)のインタビューでは、人脈形成はNTT時代から熱心だったようで、官僚カルチャーの会社の外に刺激を求めていたからのようだ。のちに知ることになるが、学生時代もキャンパス内にとどまらず、数人規模の不動産会社の名物社長の下でバイトをしてビジネスの基礎を学んでいたりしていた。

起業の構想を聞いたのも、そんな交流会の時だった。湘南の海での地引き網大会でのこと。その頃は日本でまだ有名になる前だったAirbnbの名前を挙げ、「Airbnbの法人版をやりたい」。当時の私はシェアエコに詳しくなく、Airbnbのことも知らなくて彼に笑われてしまったのだが、いよいよ勝負するのねと感心した。

お寺から球場まで、あらゆるスペースの利活用を提案(スペースマーケットHPより)

先進国の中で日本の起業率が低迷する理由の一つに、大企業でノウハウを持った人材が流動化しないことがよく挙げられるが、すぐに仕事になる、ならないは別に社外人脈を積極的に構築して見識を増やすことが、自らのチャンスを広げるのは間違いない。

経営環境の変化が激しく、いまは大企業にいても10年後にはわからないご時世にあって、社外人脈を太くすることは自らを「市場化」し、ビジネスパーソンとして鍛えられる一手。特に営業を中心にした文系人材はフットワークの良さこそ武器だから、なおさらだろう。

美人ベンチャーキャピタリストの奥様の“慧眼”

蛇足ながらプライベート的なことを書くと、私が妻と知り合ったのは、重松くんがフォトクリ時代に主催した勉強会で、講師の相方が旧知の彼女を招待したのがきっかけだった。感謝しております。

そして、重松くんも奥様とは、NTT時代の社外ネットワーキングの過程で知り合ったらしい。私は奥様とお会いしたことはないが、美人ベンチャーキャピタリストとして業界では知られていて、重松くんと再会する前に知人の経営者に名前をたまたま聞いていたほど目利きに定評がある。

起業に当たっては奥様から実践的な助言も数知れなかったそうだが、まだ全くの無名の会社員だった重松くんの将来性を見抜いていた点で、奥様の“慧眼”にもあらためて敬服している。

そういうわけで、重松くん、奥様、スペースマーケットの皆様、上場おめでとうございます。

新田 哲史   アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長
読売新聞記者、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政党、政治家の広報PRプロジェクトに参画。2015年秋、アゴラ編集長に就任。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。Twitter「@TetsuNitta」

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