障がい者が認められる個性を発揮するには --- 飯島 丈治

2019年12月20日 06:00

障がいをどう受け止めるか

前回の「発達障がいは個性か?多様性社会って何?」では、発達障がいの理解について一般との感覚的なギャップがあることを述べて参りました。これからの多様性社会の実現に向けて、障がいに対する受け止め方を私なりに発信していきたいと思います。ご参考にして頂けたら幸いです。

障がい者=善なのか?

まず前提として強調しておきたいのは、障がい者の個人の尊厳を履き違えないことです。メディアのチャリティー番組の影響からか、障がい者を善として受け入れなければならない風潮を感じたことはありませんか。

それによって健常者が半ば強引に負担を強いられるような事があれば、それは健全な障がいの捉え方ではないと言えます。

障がい者の個人の尊厳を守る為に必要な手助けをする事と、まるで幼い子どもをあやすかのような気持ちで向ける好意とは、全く性質が異なり、後者は障がい者の個人の尊厳を逆に傷つける行為に繋がります。

障がいとは一体何か?

これも大きなテーマです。障がい者の“何が障がいなのか”を考えた時に、障がいとは個人に帰属するのではなく、ありのままでは生活に支障をきたす“環境”の方に障がいがあるという考えが主流です。(合理的配慮の提供もこの考えの下にあります。)

又、障がい者の“がい”を平仮名で表記する事は個人に“害”があるわけではないという主張です。まだまだ公には浸透していません。

障がいは個性か?

障がいを考える人の中には、障がいがもたらす特性は個人を表す一部だから個性であるという人がいます。これは一見、多様性に重きを置き、個人を尊重してる風に感じるかもしれませんが、少し想像してみて下さい。

発達障がいで言えば、先述のADHDの忘れ物が多い、ASD/自閉症スペクトラムではコミュニケーションの不得手、LD/学習障害で言えば計算等特定の機能が欠落しているといった特性があります。(他にも特性は細かく多岐に渡ってあります。個人によって違います。)

しらた/イラストAC

もしもあなたが当事者だとしたら、これらのことを“個性だ”と他人から言われたら納得して受け入れられるでしょうか。

日常の中で皆が当たり前のようにやっている事が上手く出来ない為に周囲から責め立てられる。それでも何とか試行錯誤をして障がいに抗っている所に『それも個性だから大丈夫』と強引に宥められたらいかがでしょうか。

個性とは何でしょうか。実はとても限定的な言葉なのです。それは人のありのままの性質を指すのではなく、社会や環境から評価されたものだけが個性だと認められるのです。ピカソやアインシュタインが功績を遺す前に、彼らの個性を尊重していた人は一体どれくらい居たのでしょうか。

認められる個性を発揮する

発達障がいを抱えながらも、社会から認められ、個性を発揮している素晴らしい方が居ます。

古久保憲満(こくぼのりみつ)さんです。古久保さんはアールブリュットと呼ばれる、緻密に敷き詰められた圧倒的な情報量の線と多彩な色使いで描かれた絵画で世界的な評価を受けています。

ドキュメンタリー映画「描きたい、が止まらない」では古久保さんの障がいに抗う葛藤、将来の孤独への不安と備え、世界的な評価を受けるまでに至ったご両親の素晴らしい導き方などを見てとれる素敵な映画です。

古久保さんに限らず、社会には障がいの支援と、得意分野を充分に発揮できる環境を整えることで、素晴らしい新たな“個性”がたくさん誕生するように思います。

多様性社会を実現するには

発達障害者支援法が施工されたのが平成16年というのを考えると、発達障がいが社会に認知され始めてから約15年といった所でしょうか。まだまだ社会の“常識”になるまでには遠く、障がいが細分化されている現状では支援法が確立していないのも仕方がないのかもしれません。

これから目指す多様性社会の実現には、社会通念や既成概念を越えて、その先の個人を見つめることにヒントがあると私は思います。私たちは同じ部分を探して、違う部分を認め合うことが明日の普通を変えていくのだと思います。

それと多様性社会については是非とも学校教育に取り入れてはいかがでしょうか。発達障がいを含めたマイノリティの正しい情報発信は偏見の少ない子どもを育み、やがてマイノリティなんて言葉は要らない、普通に多様性を認められる大人に成ってくれるのではないでしょうか。

大人だって小さい頃は、公園であった知らない友達と自然に遊べていたのに、年齢と共に自分の価値観を常識とし、それに合わない他者はそっと目に入れないようにしてきたのではないでしょうか。

自分の見えてる世界と隣の人が見えてる世界は違うかもしれません。そんな謙虚な気持ちと探求心を忘れなければ多様性社会は自然と見えてくるのかもしれません。

来るTokyo2020オリンピック・パラリンピックでは自分の特性を物にし、競技という整えられた環境の中で、最大のパフォーマンスを発揮しようとするアスリートの“個性”に歓声があがるのでしょう。

これからの日本がとても楽しみです。

飯島 丈治(いいじま ともはる)
肩書・発達障害コミュニケーション初級指導者/チャイルドカウンセラー/家族療法カウンセラー
1988年生まれ。中学時代から10数年心の病に苦しみ、障がいや心理学を学んだ経験から同じように苦しむ子どもたちのサポート業務に従事。発達障がいや不登校などの当事者支援に取り組む。

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