金正恩氏のクリスマス・プレゼント

「もういくつ寝るとお正月……」という童謡を口ずさんだことがあったが、欧州に住んでからは「もういくつ寝るとクリスマス……」といったところだろう。そしてお正月には、「凧挙げて、こまを回して遊びましょう…」と続くように、カウントダウンに入ったクリスマスの場合、「ツリーの下にサンタさんからのプレゼントが待っている」といった具合だ。

▲南北の非武装地帯で会合したトランプ米大統領と金正恩委員長(ホワイトハウス公式サイトから、2019年6月30日)

▲南北の非武装地帯で会合したトランプ米大統領と金正恩委員長(ホワイトハウス公式サイトから、2019年6月30日)

欧州にきて最初のクリスマスはよく覚えている。クリスマス・プレゼントをもらったからだ。知人の実家のクリスマスに招かれた。アジアからの突然のゲストにもかかわらず、知人の実家の人々は当方に淡い青色のワイシャツをプレゼントしてくれたのだ。驚くとともに感動した。

それ以後も毎年、クリスマスには知人や家族からプレゼントをもらったと思うが、申し訳ないことだが、何をもらったかを思い出せない。もちろん、こちらもプレゼントを用意したが何を準備したか、もはや覚えていない、といった具合だ。

クリスマス・プレゼントといえば、北朝鮮がトランプ米大統領にプレゼントを準備している、という話が流れてきた。朝鮮中央通信(KCNA)によると、北朝鮮は、一方的に設定した年内までの米国の対北制裁の解除の見通しが立たないためにイライラして「トランプ大統領にクリスマス・プレゼントをするぞ」と脅しをかけているのだ。

「北のイライラ」と「トランプ氏へのクリスマス・プレゼント」の関係がしっくりしないかもしれないので、以下説明する。

北がトランプ大統領に準備しているものは金銭やぜいたく品ではない。不動産王のトランプ氏は通常の人間が欲しいと思っているものは全て持っているから物では動かされないだろう。それにしても、昨年貿易総額が韓国の400分の1にすぎない北朝鮮の経済力でトランプ氏へのプレゼントが見つかるだろうか。

日米メディアの情報によると、金正恩氏がトランプ氏に送りたいクリスマス・プレゼントはどうやら大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射のようだ。米国本土まで到着可能で核搭載可能の弾道ミサイルだ。北は今年に入り、これまで13回の短距離弾道ミサイルを発射している。次は米本土まで届く大陸間弾道ミサイルの発射だ。北朝鮮は今月7日と13日、同国北西部・東倉里の西海岸衛星発射場でエンジン性能実験を実施したばかりだ。ICBMの発射準備に関連するものと受け取られている。

もちろん、北側はICBMを発射しても2017年7月と同様、国連の対北制裁を違反しない人工衛星「火星15」の発射だと主張するだろう。

問題は、来年の次期大統領選に入ったトランプ氏の対応だ。トランプ氏と金正恩氏の年齢を超えた友人関係は、トランプ氏がホワイトハウスの住人である限り、「核実験しない」、「大陸間弾道ミサイル発射しない」という2点のモラトリアムに基づいているからだ。その暗黙の約束を金正恩氏が破ればトランプ氏との友人関係は破綻することになる。

トランプ米大統領は8日、ツイッターで北の金正恩朝鮮労働党委員長に対し「(米国が武力行使をせざるを得ないような)敵対的行為を取れば全てを失うことになる」と警告したばかりだ。

エスパー米国防長官は、「我々は全ての準備が整っている」と述べているが、約2万8500人の在韓米軍兵士の家族の避難の動きはまったく見られないから、近い将来、米軍が対北に武力行使をする可能性は薄い。

朝鮮中央通信が22日報じたところによると、金正恩氏は朝鮮労働党中央軍事委員会拡大会議で「国防力の強化」の檄を飛ばしている。現時点では、米国への圧力行使の域を超えないが、懸念材料は中国が金正恩氏を全面的に支援してきたことだ。金正恩氏は米国の制裁強化を恐れる必要がなくなってきている。そうなれば、北の非核化を実現できる道はもはや武力行使しかなくなってくるわけだ。

朝鮮半島を取り巻く情勢は流動的だ。①次期米大統領選の行方、②米中間の貿易交渉の行方の2点に揺り動かされてきたからだ。中国は金正恩氏の北を対米戦の前線のコマとして使い、トランプ政権を揺さぶってきた。

北朝鮮が大陸間弾道ミサイルや潜水艦搭載弾道ミサイル(SLBM)を発射した場合、一種のレッドラインを超えることになるから、金正恩氏とトランプ氏との友人関係は破綻の危機に直面する。トランプ氏も金正恩氏をもはや「いいやつだ」とリップサービスはできなくなる。ある意味で、両者にとって不都合な状況だが、一度レッドラインを超えれば、そのモメンタム(勢い)を誰も止められなくなる危険性が出てくるのだ。

いずれにしても、金正恩氏のトランプ氏へのクリスマス・プレゼントの中身次第で朝鮮半島は再び緊張を高めることになる。日本も米朝間の対立激化の影響から無傷ではいられない。令和2年の新年が善きスタートを切れるか否かは、金正恩氏のトランプ氏へのクリスマス・プレゼントの中身に左右されるのだ。世界の注目をこれほど集めるクリスマス・プレゼントはなかっただろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年12月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。