北朝鮮の海外派遣労働者は現代版の奴隷

長谷川 良

国連安全保障理事会は2017年12月、海外に派遣された北朝鮮の労働者の送還義務を明記した制裁決議を採択した。その決議内容の履行期限である2年間が今月22日に過ぎたが、加盟国の履行状況は不透明だ。北朝鮮労働者は労働ビザから観光ビザに変更して現地で働き続けるケースが増えており、対北制裁決議の完全履行からは程遠いのが現実だ。特に、北の労働者を大量に受け入れてきた中国の履行状況は不明だ。

▲金正恩氏の「新年の辞」を一面全部を使って報じたオーストリア代表紙プレッセ(2019年1月2日)

▲金正恩氏の「新年の辞」を一面全部を使って報じたオーストリア代表紙プレッセ(2019年1月2日)

国連安保理は、海外に派遣された北の労働者から入る外貨が北の核開発やミサイル開発に投入されているとして、北の外貨収入源を断つという意味で加盟国に北労働者の送還義務を明記した制裁決議案を採択した経緯がある。

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は父親の故金正日総書記時代に倣い、外貨獲得の手段として積極的に海外に労働者を送ってきた。労働職種は主に鉄道・道路建設、レストラン、鉱山、森林業などだ。主要な派遣先はロシアだったが、1970年代に入ると、アフリカ諸国に派遣し、90年代には欧州と中東諸国に、そして2000年代に入り、中国、モンゴル、東南アジア諸国へと派遣先が拡大された。

北の海外労働者の派遣先は最も多い時は45カ国にも及んだが、2013年段階で総数約5万人から6万人が16カ国に派遣されていた。ちなみに、国連の資料によると、対北制裁前にロシア、中国など29カ国に約10万人の労働者が派遣され、年間約5億ドルの外貨収入があったという。

安保理の北朝鮮制裁委員会によると、今月16日までに計48カ国が報告書を提出し、これまで少なくとも2万3000人が北朝鮮に送還されたという。内訳をみると、ロシアは就業ビザを取得した北朝鮮国籍者が17年12月31日の3万23人から18年12月31日に1万1490人に、1万8533人減った。クウェートは国内の北朝鮮労働者の半数以上に当たる904人を送還し、カタールは16年1月の2541人から19年3月25日には70人に減少、アラブ首長国連邦(UAE)は半数以上の823人を送還したと報告している。ポーランドやベトナム、ネパール、ミャンマー、ペルー、スイスなども送還状況を報告した(韓国聯合ニュース)。

「北朝鮮の人権のためのデータベース・センター」(NKDB)が2015年5月に発行した「北朝鮮海外労働者」に関する200頁余りの資料によると、国別派遣数では、ロシア約2万人、中国1万9000人、クウェート4000人から5000人、アラブ首長国連邦2000人、カタール1800人、モンゴル2000人、ポーランド400人から500人、マレーシア400人、オマーンとリビア各300人、ナイジェリア、アルジェリア、赤道ギニアが各200人、そしてエチオピア100人だったから、金正恩氏時代に入って北の派遣労働者数が急増していたことが分かる。

ロシアでは主に鉄道建設や森林労働者として駆り出され、中国ではレストランで働く北の女性労働者が多い。北京では韓国人が経営するレストランで北労働者が働いているのが目撃されている。北労働者は中国人が嫌う、厳しく(difficult)、危険(dangerous)で不潔(dirty)な職場(3D)で働く。北側当局は中国に送る労働者に対しては脱北を警戒し、その選別を厳しくしている(「北の海外派遣労働者の職場は『3D』」2015年9月6日参考)。

問題はここでも中国だ。同国は報告書を公表していないために、履行状況は不明だ。中国ではロシアを上回る北の労働者がレストランなどに勤務しているといわれる。ロシアと中国の2カ国が対北制裁を完全に履行しない限り、北から派遣される労働者の数は急減することはない。同時に、就労ビザから観光ビザなどに名目を変えて、海外で働き続ける北労働者が増えるだけだ。なお、ロシアと中国は12月16日、安保理に対北制裁緩和を要求するなど、制裁解除を願う北側をあからさまに支援している。

韓国情報機関の資料によると、北の海外労働者の平均手取りは月100ドル。派遣先や職種によってはもっと悪い。給料の90%以上が北の労働斡旋側や中間業者の手に渡る。にもかかわらず、多くの北の国民はその僅かな外貨を得たいために海外労働を希望するという。2、3年間、海外で働いてやっとTV1台を買って帰国できればいいほうだといわれる。北の海外派遣労働者は“現代版の奴隷”であり、金正恩氏はその支配人だ。国連安保理の制裁後も北労働者を取り巻く状況に大きな変化は期待できない(「金正恩氏は“現代の奴隷市場”支配人」2014年12月9日)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年12月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。