ゴーン氏出国:日本の刑事司法は、国際的な批判に耐えられるのか

2020年01月01日 15:01

日産自動車の元会長のカルロス・ゴーン氏が、海外への渡航禁止の保釈条件に違反して日本を出国し、トルコ経由でレバノンに入国した。

2018年11月19日、羽田空港到着した直後の「衝撃の逮捕」以降、検察捜査の杜撰さ、重大な問題を指摘続けてきた私としては、ゴーン氏が出国したレバノンから日本に身柄が引き渡される見込みがなく、旧来の特捜事件での「人質司法」の悪弊の中で、ゴーンの早期保釈を獲得した弁護団の努力や、検察側の主張を排斥して保釈を許可した裁判所の英断があったのに、それらが裏切られる結果になってしまったのは、誠に残念だ。

写真AC、Wikipedia:編集部

しかし、被告人のゴーン氏が保釈条件に違反して出国して「逃亡」したことから、そもそも裁判所が保釈を認めるべきではなかったと問題を単純化すべきではない。ゴーン氏の事件は、極めて特異な経過を辿ってきた、特異な事件であり、一般的な刑事事件と同様に扱うのは誤りだ。

ゴーン氏の事件をめぐる経過を、改めて振り返ってみれば、それは明らかであろう。

逮捕直後は、検察が金融商品取引法違反の容疑事実とされた「役員報酬の過少申告」の内容を全く明らかにしなかったため、隠蔽された報酬は「海外での自宅の提供」だとか、SAR(株価連動型報酬)だとか、それによって日本で税を免れていたとか、マスコミが勝手な憶測報道を続けていた。

そして、逮捕から5日後になって、その逮捕容疑が実際に支払われた役員報酬ではなく、退任後の支払い予定の「未払い報酬」に過ぎなかったという衝撃の事実が明らかになった(【ゴーン氏事件についての“衝撃の事実” ~“隠蔽役員報酬”は支払われていなかった】)。勾留満期には逮捕事実の「2015年までの5年間」の有価証券報告書虚偽記載で起訴し、その逮捕事実と同じ「直近3年分」で再逮捕するという、従来の検察の常識からも逸脱したやり方で身柄拘束を継続しようとしたが、東京地裁が、それまでの特捜事件ではあり得なかった勾留延長請求の却下を決定(【ゴーン氏勾留延長却下決定が検察に与える衝撃 ~根本原因は“不当な再逮捕”にある】)。それに対して、延長請求却下の翌日に、当初は「形式犯」だけの立件しか予定していなかった検察は無理やりサウジアラビア・ルートを含む特別背任を立件して再逮捕した(【ゴーン氏「特別背任」での司法取引に関する “重大な疑問”】)。

まさに、「衝撃」の連続だったゴーン氏の事件の経過を見るだけでも、この事件がいかに異常なものだったのかはわかるであろう。

そして、検察は、無理に立件したサウジアラビア・ルート、オマーン・ルートについては、日産から中東への送金が事業目的に見合うものであったのかどうかという「特別背任罪の成否の核心」に関する事実について、中東での証拠収集がほとんどできていないまま日産関係者の供述だけで特別背任で逮捕するという、これまた従来の検察の常識に反するやり方を強行し(【ゴーン氏「オマーン・ルート」特別背任に“重大な疑問”】)、逮捕後に、中東各国への捜査共助要請をして証拠を収集しようとするという有様だった。

これらの捜査は、ゴーン氏逮捕の際に社長として記者会見を行い、「ゴーン氏の不正への憤り」を露わにした西川氏を中心とする日産経営陣の全面協力によって行われたが、その西川氏も、退任後に支払い予定の「未払いの報酬」に深く関わっていることが明らかになり、さらに、自分自身の報酬に関する不正が明らかになって引責辞任に追い込まれた。

ゴーン氏の事件は、このような「異常な事件」であり、凡そまともな刑事事件ではないことは、いずれ刑事公判で明らかになるはずであった。しかし、その公判は一体いつ始まりいつ終わるのか、全く見通しがつかない。金商法違反については、来年4月に初公判が開かれる可能性が出てきていたが、中東ルートの特別背任については検察の証拠開示すら十分に行われおらず(もともと中東に関する証拠がほとんどないまま起訴しているのであるから、開示がなかなかできないのも当然である)、いまだに初公判の見通しすら立っていない。

こういう状況で、ゴーン氏は、保釈条件として妻との接触を9か月もの間禁止されたまま日本国内に公判対応のためだけに留め置かれ、いつになったら接触禁止が解除されるかもわからないのである。

しかも、このような明らかに異常な捜査経過の問題、長期間の身柄拘束や保釈条件による人権侵害の問題などを自らの言葉で世の中に訴えようとしても、当初の保釈後に記者会見をしようとした途端にオマーン・ルートの特別背任容疑で再逮捕されたことがあって、また逮捕されるのではないかとの恐怖から記者会見すらできない。弁護団が予定主張記載書面を公開したりしてゴーン氏の主張を公表しても、日本のマスコミは殆ど報じない。

こういう「絶望的な状況」に置かれていたゴーン氏が、何者かの援助によって「国外脱出が可能」ということを知り、15億円の保釈保証金を失ってでもその可能性に賭けてみようとしたのは、理解できないことではない。日本人が北朝鮮や中国で不当に身柄を拘束された場合と同じように考えたとすれば、何とか国外に脱出しようと考えるのは、普通の人間であれば自然なことと言えるのではないだろうか。

レバノンに入国したゴーン氏は、「私は有罪が前提とされ、差別がまん延し、基本的な人権が無視されている不正な日本の司法制度の人質ではなくなります」「私は正義から逃げたわけではありません。不公正と政治的迫害から逃れたのです。私は不公正と政治的迫害から逃れました。ようやくメディアと自由にコミュニケーションができるようになりました。来週から始めるのを楽しみにしています」との声明を出している。

ゴーン氏は、「レバノンに逃亡した被告人」の身に甘んじるつもりはないのであろう。日本の検察が逮捕・起訴した事件がいかに不当で異常なものか、日本でいかに非人道的な扱いを受けたのか、ということに関して、国際社会への発信を徹底した行うことで、自ら潔白を訴え名誉回復を図るであろう。

検察としては、保釈を請求した弁護人や、保釈を許可した裁判所を批判したり、恨んだりしている場合ではない。検察が起訴した被告人が海外に逃亡し、レバノンに所在することが明らかになっているのであるから、そのレバノンに対して、外務省当局の協力の下に、被告人のゴーン氏の引き渡しをとことん求めるべきであろう。犯罪人引渡し条約が締結されていなくも、本当に、ゴーン氏を起訴した罪状が悪質・重大なものであり、ゴーン氏に対する日本での扱いが不当なものではないと「確信を持って」言えるのであれば、国際社会に対してそれを堂々と主張し、犯罪者を匿うレバノンを批判すればよいはずだ。国際世論に訴えて、レバノンに身柄の引き渡しへの協力を求めることは不可能ではないであろう。

問題は、「ゴーン氏事件」が、日本政府が逃亡犯罪人を匿う国に対する「当然の要請」として行えるような事件なのかどうか、である。

「ゴーン氏事件」は、日本の検察・裁判所・司法マスコミの間では、「一つの刑事事件」であるかのように扱われてきた。そして、日本では多くの人がそう思っている。しかし、それが、果たして、国際社会から客観的に見た場合、そのような認識を持ってもらえる事件なのであろうか。ゴーン氏が主張するように、日産の日本人経営陣と経産省と検察とが結託して国際的なカリスマ経営者を日産自動車から追放し、さらに犯罪者として葬ろうとした「異常な出来事」にしか見えないかもしれない。

今年4月に、5年に一度開催される刑事司法分野における国連最大規模の国際会議である「国連犯罪防止司法会議(コングレス)」が京都で開催される(京都コングレス)。日本で開催されるのは50年ぶりであり、法務省は、ホームページに、「開催まで〇日」などと、オリンピック並みの扱いで開催をアピールしている。

日本の法務・検察当局は、ゴーン氏事件を契機に日本の刑事司法に対する国際社会からの批判が高まる中、コングレスに集まる海外の刑事司法関係者に納得できる説明・反論が行えるのであろうか。

郷原 信郎 弁護士、元検事
郷原総合コンプライアンス法律事務所

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