特ダネ?企画?悩める元日の新聞づくり、大事件が“ゴーン”と直撃

アゴラ編集部

あけましておめでとうございます。
2020年もアゴラ編集部一同、世間にインパクトを与える論考、ニュース記事をお届けできるよう精進してまいります。

さて、きょう(1月2日)は新聞休刊日。若い世代を中心にそもそも紙の新聞を購読する世帯が減少していますから、休刊日であることすら認識されていないかもしれませんが、元日の新聞は別刷りも含めて各社が充実した構成になっています。

ところが今年に関して言えば、大晦日にカルロス・ゴーン被告の国外逃亡という大きな「変数」がありました。そもそもの元日の新聞紙面の意義も含めて、元新聞記者のアゴラ編集長、新田が解説します。

伝説のスクープも…各社がもっとも気合を入れる元日の新聞

元日の朝刊は、各社とも1年でもっとも気合を入れて作る紙面といっても過言ではありません。私が新聞社にいた当時は12月に入る頃、編集局首脳から本社も全国の支局も含めて、現場記者に対し、元日朝刊トップを飾る特ダネの候補になるネタはないか、社内公募が行われました。

読売新聞1995年元日朝刊

退職して今年で10年になりますが、おそらく基本的な流れは変わっていないはずですし、他社も概ねそういうワークフローです。1か月近く前の紙面を目標にして特ダネを募集することは他の時期にはないことでした。それだけ力を入れているので、実際、新聞各社の元日スクープは「伝説」として語り継がれるものもあります。

有名なケースとしては、私のいた読売新聞が1995年元日、「上九一色村でサリン残留物を検出」があります。

その前年、長野県松本市で、8人の死者を出した松本サリン事件が発生。しかし当時は何者の犯行か分かっていない状況でした。

ただし、公安当局がオウム真理教の関与を疑い、極秘に調査を進めていたのですが、読売新聞社会部は極秘捜査の動きを把握し、オウムの名前は匿名ながら山梨県上九一色村の宗教団体施設の近くでサリン残留物を検出したことを特報しました。元日朝、読売の朝刊を開いた警察庁幹部が卒倒したそうです。地下鉄サリン事件はこの年の3月20日のこと。読売報道を機に捜査がもっと早く動いていればオウム事件は違った展開になった可能性も指摘されています。

一方で、特ダネだけでなく、その時代を展望するような大型の連載企画を展開するのもこの時期の特徴です。三が日は自宅でゆっくり過ごす読者も多く、腰を据えて練りに練った企画を考えます。世界各地に取材に行ったり、ノーベル賞受賞者など多くの日本人が「この人の話なら聞いてみたい」と思う博識の方のロングインタビューをしたりします。ただし、連載企画のトーンが強くなり過ぎ、ストレートニュースが弱いと新聞としてインパクトに欠けるのも事実。社内では「おせち紙面」と半ば自虐的に言う人もいました。

2020年元旦の紙面編成は究極の選択だった?

特ダネか?大型企画か?どれを一年の最初の新聞の「顔」にするか、新聞社によっても、年によっても異なったりします。しかし、2020年の元日は前日にゴーン被告の国外逃亡事件という大事件が発生したことで、紙面編成の計算が狂ったかもしれません。私は2000年に新聞社に新卒で入りましたが、年の瀬に事件はそれなりにあるものの、今回ほどインパクトがある事件が大晦日に起きた記憶はありません。

2020年元日付、在京5紙朝刊各紙(編集部撮影)

ゴーン被告の国外脱出の発覚は12月31日早朝。年末年始は12月29日から1月5日のうち、休刊日と4日を除く6日間は夕刊がおやすみです。平時なら夕刊で第一報を収容できますが、この7日間は朝刊で各日を盛り込まなければなりません。しかも先述した各種企画記事も盛り込まれて窮屈になっている中で、ゴーン事件が年の瀬に直撃したことで、どの記事を目立たせ、どの特ダネを先に出すかなどの作業は、いつも以上に悩む「究極の選択」となった可能性もあります。

もしかしたら渾身の特ダネが、ゴーン事件のとばっちりで、元日紙面掲載は見送りになり、3日以降の紙面掲載を待ちつつ、他社に追いつかれないか肝を冷やしている記者もいるかもしれません。

さて今年の在京全国紙5社(読売、朝日、日経、毎日、産経)の一面トップは次の通り。

ゴーン被告の逃亡事件記事は全紙とも一面に掲載はしていましたが、トップに据えたのは読売、毎日。ただ、読売は長年、企画記事の一面本格展開は3日朝刊からでおそらく今年もそういう出方をしてくるはずです。

一番光ったのは朝日。IR疑惑がほかの議員にも広がる可能性という、ゴーン事件があっても十分なインパクトの特ダネを優先しました。しかもこれとは別に社会面のニュース面トップは「白須賀議員を事情聴取へ」の特報つき。今後の捜査によっては通常国会を前に永田町は大混乱の兆しです。日頃朝日新聞に厳しい私が言うのもなんですが、特捜担当の取材班はゴーン事件の緊急取材と並行してのことだったでしょうし、現場記者の八面六臂の大活躍ぶりには、張本さんならずとも「あっぱれ」といったところでしょうか。

日経と産経は企画記事を優先しました。産経はもともと平時でも読み物を重視して一面トップに据えることも多いので。オピニオン性を重んじる個性を発揮しました。日経は電子版のほうでリンクしたようにインフォグラフィックスで「見せる」工夫もするなど、得意のデジタルとの融合に力を入れます。

ネットでしかニュースを読まない世代が多数派になりつつあるなかで、こうしたニュースバリューの相場感は遠くない将来、ある種の古典芸能のような「絶滅危惧の暗黙知」になってしまうかもしれません。ただ、各新聞社がなにを優先しているのかを知ることで個性や考えを知る良い機会になるでしょう。

新田 哲史   アゴラ編集長