「ぶっ壊せ、日本のがん医療」元年に:あんたら、覚悟しいや!

2020年01月02日 11:30

明けましておめでとうございます。

Ghosn(ゴーン) has goneで幕開けの1年となりました。

2019年の最後に日にゴーン(Ghosn)がまるで映画の世界の出来事のような形でレバノンにgoneしたというニュースが飛び込んできた。年末から年始にかけてワイドショーだけでなく、普通のニュースも限られているので、ネットニュースでしか状況がわからないが、「ミッションインポッシブル」を見ているようだ。

2020年はどうなるのか?北朝鮮も、米中関係も、米国の大統領選挙も、気候変動も、世界中が流動的な情勢だ。酷暑の中での東京オリンピック、パラリンピックも心配だ。

私は、このブログでも触れたが「Deep Medicine」という英語の本を日本語に翻訳する手伝いをしていて年始も忙殺されている。人工知能の医療現場への導入が始まっている現状と課題をわかりやすく紹介した本だ。

私は、外科医としてスタートし、その後、救急診療、分子遺伝学、人類遺伝学、がん研究、ゲノム研究、免疫療法研究、オーダーメイド(個別化)医療、ゲノム医療、プレシジョン医療、そして、人工知能による医療改革と、よくもこんなに幅広く取り組んできたものだと思う。

各段階で、今がん医療に必要なことは何かを考えて、漂ってしまった。しかし、医療を広く知る意味で有意義な人生を送ってきたと、後悔はしていない。

最近、機内で「コードブルー」劇場版を見たが、昭和53年の自分が蘇ってきた。腫瘍外科医のときも、救急医療医の時も、小豆島で働いていた時も、記憶に残っている患者さんは、数人の患者さんを除き、ほとんどが死を看取った患者さんのことだ。

映画で「亡くなった患者さんから学ぶことが大切だ」という趣旨のことを言っていたが、その通りだと思う。「これでよかったのか?」「救う方法がなかったのか?」という素朴な疑問が医療を進歩させてきたのだ。

日本に戻って1年6ヶ月、この素朴な疑問が通じない日々を送り、五里霧中の中でさまよっている。この歳になると残された時間を考えながら、人生の総仕上げを考える必要が出てくる。霧が晴れない中で、自分の直感に頼って方向を定めて歩むしかない。といっても、直球しか投げられない性格なので、前に向かって進むしかないのだが。

新年を迎えての目標は、がん治療革命の端緒に結び付けることだ。ネオアンチゲン療法、リキッドバイオプシー、人工知能のトライアングルを固めていくことだ。口で言うのは簡単だが、大きな壁にぶつかって、今年中に「Yusuke Has Gone」になるかもしれない。

革命とはソフトランディングができない状況を指す。旧体制をぶち壊し、全く異なる体制を樹立するのが革命だ。やるか、やられるかの闘争の世界だ。中途半端に死んでいくより、潔く散る「同期の桜」が似つかわしいと信じている。「これでいいのか、日本のがん医療」と文句を言うだけで終わらず、「ぶっ壊せ、日本のがん医療」元年にしたい。

そういえば、救急医の時代に、山口組―松田組の抗争の余波で、ピストルで撃たれた患者さんが運ばれてきたことがあった。岩下志麻さんと同じ時に紫綬褒章を頂いたのも何かの因縁があるように思えてならない。「あんたら、覚悟しいや!」


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2020年1月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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中村 祐輔
医学者、内閣府SIPディレクター

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