ベーシックインカム論の混迷:現実的にはどの手法が最良か?

中田 智之

前澤友作氏のツイート以降、にわかにベーシックインカムの議論が再燃している。しかしベーシックインカムの議論をするとき目につくのは、経済右派・左派入り乱れての論点の発散だ。

ベーシックインカムと一言に言っても意味する範囲は広く、十分に認知されているとは言い難いため、初級編的なまとめ・比較を作りたいと思う。

そもそもベーシックインカムは複雑な社会保障制度、とりわけ失業保険・生活保護・年金の一体化による効率化を目指して考えられた。

今日に至るまでに改良を加えた方法や、政治的に実現性の高い方法などが数多く検討され、一部は実施されてきた。

その中で検討されている概念を大まかに分類すると以下の3つが挙げられる。

UBI(Universal Basic Income)

もっとも原理主義的なBIであり、無条件で国民に一定の金額を給付する。

失業保険・生活保護・年金の統廃合による行政の効率化という基本を押さえた既出の試算では月額50,000円が上限と考えられている。

課題は給付金額が現在の最低生活費月額80,000円を下回ることになる。また、前澤友氏に月額50,000円を支給してもほとんど意味がない。

NIT(Negative Income Tax)

ミルトン・フリードマンの提唱した負の所得税。

既存の社会保障を統廃合したうえで、一定の所得に満たない場合に給付が行われる。UBI同様行政の効率化が期待できる。

米国で議論されたが、結局は後述するEICTが施行されることとなった。日本における試算は調べた範囲では見当たらなかった。

EITC(Earned Income Tax Credit)

米国で実施されている給付つき税額控除のことで、韓国に類似の制度がある。

就労を促す目的で対象は納税者に限り、既存の所得補償の存続を前提とする。そのため導入はUBIやNITに比べ現実的である。

最低生活費を年間100万円と設定した試算では、所得が300万~400万円に達するまでは手取りが増加する。

米国で実施した上での問題点は既に多数報告されており、例えば所得の過少申告が21.4%にも上ることが分かっている。またワーキングプア対策として意義はあるが、制度の統廃合をしないので行政の効率化という観点では限定的である。

次に財源に関してだが、もともとBIは小さな政府を実現するための方法論として考えられてきたので、失業保険・生活保護・年金の統廃合といった社会保障制度改革の文脈でとらえるのが従来型で、上記分類も経済右派・財政規律の観点に立脚している。

一方でBIをMMTに基づく国債発行で贖おうとする左派的な考え方も散見される。しかし筆者はMMTに関しては懐疑的なので、その観点に関してはMMT論者に譲り、本稿で論じないこととする。

現在国内で制度改正による解決を急がなければならない課題は、継続困難な年金制度と、高齢者の不規則な就労に関して、低所得者の低い出産率に関してだ。

政治的に導入が容易なEICTから達成し、段階的にNITを目指す戦略は現実的だ。しかし最低限年金・育児助成金等を統合した制度にしなければ、BIの主目的といえる効率化については限定的であると評価せざるをえないだろう。

これらの議論を進める中で、NITやEITCは極めてマイナーで、一般的にはほとんど認知されていない。

前澤氏をはじめ堀江貴文氏など多くの著名人が発言したため高い知名度をもつベーシックインカムとは対照的だ。

より現実的な議論をするためには、今回のような契機にベーシックインカム(UBIを指す)とNIT・EITCを比較し、胸を借りることで認知を向上させる戦略が必要ではないだろうか。

さらに、「負の所得税」や「給付つき税額控除」と堅苦しい名称も普及の妨げではないか。

既に国民民主党はEITCに関して「日本版ベーシックインカム」と銘打って普及に努めた。

分かりやすい名称をつけることで普及を促すのは、学術的ではないが政治的には重要だ。

たとえば従来型BIを「Universal BI」としたことにあわせて、NIT的なものを「Modified BI」、EITC的なものを「Limited BI」などと並列化して比較できる言葉作りと、具体的な試算の明示というのが必要ではないだろうか。

(主な参考文献)
立命館大学生存学研究所 生存学研究センター報告書 [21]
・第三部 協働と経済 生存と協働を支える所得保障試論,村上慎司(2014年03月31日)
給付付き税額控除制度の執行上の課題について, 税大ジャーナル,栗原克文(2012年03月18日)

中田 智之 歯学博士
専攻は歯周病学。国家資格である歯周病専門医を目指し勉強中。現在認定医。