マグロ高額落札 〜「すしざんまい」の意地と戦略

5日の毎日新聞の記事(「大間産クロマグロに1億9320万円 「すしざんまい」会社が落札 豊洲初競り」)より。

豊洲市場(東京都江東区)で5日早朝、令和初となる新春恒例の「初競り」があった。毎年高値がついて話題となるクロマグロは、1本276キロの青森県大間産が最高値の1億9320万円(1キロあたり70万円)で競り落とされ、昨年に次ぐ史上2番目の高値となった。

記事によれば「大間産が最高値となるのは9年連続」で「最高値のマグロを落札したのは2年連続ですしチェーン「すしざんまい」を展開する「喜代村」(中央区)」だという。

1本「1億円超え」とはなんとも「豪快」だが、「初競り」は全国ニュースになるのだから、「豪快」であればあるほどバリューがある。「すしざんまい」は各メディアにとっては絶好のニュース源なのである。「今年もやってくれた」、そんなニュースが欲しいのだ。

「すしざんまい」も譲れない。「今年は違うのか」という(残念な)ニュースは、その「勢いを削ぐ」ことになり、これはどうしても避けたい。ここの社長さんは「マグロ大王」の異名を持つという。自分でも、自社のウェブサイトでそう公言している(「マグロ大王の部屋」)。

これはもう「風物詩」の領域だ。この光景を見ないと年が明けた気がしない。釣り上げた漁師の「一攫千金」のストーリーもまた、毎年話題になる。ここまでくると、ここで「競り落とす」ことは、この時期に「景気の良い話」を提供する、この企業ならではの「CSR(企業の社会的責任)」のようなものともいえる。

このような「1回の取引」による(ブランドとしての)全体のバリューの向上は、非常に効率の良いレバレッジ効果が働く有効な戦略だ。加えて「三方良し」を可能にする、効果的な社会貢献ともいえる。

重要なことは、この規模の企業でなければそれができないということだ。小さな企業がそんなことをやったら身が持たないし、それが寿司の価格に反映されれば結果として消費者にとってマイナスになってしまう。「広告宣伝費」と「割り切れる」ぐらいの規模がなければ、耐えられない。話題性の高さが売り上げを伸張させ、その分、余裕ができて消費者に還元できる。そのぐらいの「大展開」が前提になる。

「すしざんまい」の高価落札の報道を見て、少し前に筆者がアゴラに掲載した、五輪で使用する空手用マットの「1円入札」を思い出した(「東京五輪空手用マット「1円落札」は妥当か?」)。

独占禁止法上、著しい原価割れの販売は、他の業者を排除して自らの支配的地位を形成する効果が伴えば、「不当廉売」として問題になるが、五輪で使用する器材の場合、市場全体での他業者の排除効果がない以上、問題にならないだろう。(積極的な宣伝はできないにしても)「口コミ」も期待でき、広告効果は少なくない(受注実績は業界では共有される知識になる)ので、そもそも競争制限を問えるのか疑問でもある。

高く買う行為も「不当高価購入」として独占禁止法上規制されているが、同様に他の業者の排除や市場全体への悪影響が問われるものであって、個別の取引ではなく市場全体において他の業者の排除効果がない以上、一回の高価落札だけを問題視することはできない。

筆者は今では独占禁止法の研究者であるが、学部時代はマーケティングのゼミで流通やブランディングを研究する学生だった。CSR論はその当時からのテーマで、法学研究者となってからも主たる関心の一つであり続け、2010年には『ハイエク主義の「企業の社会的責任」論』(勁草書房)という著作を刊行してもいる。冒頭の報道が興味を惹かない訳がない。

「すしざんまい」は近いうちにマーケティングの教科書に載るだろう。CSRとブランディング、そして広報の各ケースとしてで、である。横浜中華街に出店した立地戦略も興味深い。

楠 茂樹 上智大学法学部国際関係法学科教授
慶應義塾大学商学部卒業。京都大学博士(法学)。京都大学法学部助手、京都産業大学法学部専任講師等を経て、現在、上智大学法学部教授。独占禁止法の措置体系、政府調達制度、経済法の哲学的基礎などを研究。国土交通大学校講師、東京都入札監視委員会委員長、総務省参与、京都府参与、総務省行政事業レビュー外部有識者なども歴任。主著に『公共調達と競争政策の法的構造』(上智大学出版、2017年)、『昭和思想史としての小泉信三』(ミネルヴァ書房、2017年)がある。