ソレイマニと山本五十六を比較する米メディアの奇妙な論調

山田 禎介

妙な比較論が出たものだと思う一方、歴史解釈には、日米双方の国柄の違いが改めて浮き彫りになる。

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米国がイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害した軍事作戦について、米メディアが太平洋戦争で日本海軍の山本五十六提督(海軍大将、死後に元帥)搭乗機を撃墜、殺害した作戦と比較し、類似点などを指摘したことだ。また米国務省高官は「ヤマモトを撃墜したようなものだ。なぜそうしたかを説明しなければならないのか」とさえ述べた。違和感を持つ日本人が多くいても当然だが、国際社会での歴史評価ではそうではあるまい。

太平洋戦争終盤の1943年、前線視察の山本五十六提督が乗った日本の一式陸攻機が、南太平洋ブーゲンビル島上空で、待ち伏せした米双筒戦闘機(P-38)群により撃墜された。米側の暗号解読により、山本提督の飛行ルートは筒抜け。電子情報を駆使した現代のイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官殺害という、空からのピンポイント攻撃の原点が、この山本五十六提督殺害であることは事実だろう。

1960年代後半、米リーダーズ・ダイジェスト誌日本語版に「わたしがヤマモトを撃墜した」とするこの米P-38戦闘機群の指揮官の手記が載り、また毎日新聞も1980年代前半に、古森義久ワシントン特派員(当時)による、もうリタイヤ生活を送るこの元P-38戦闘機の軍人インタビュー記事を掲載した。米国では英雄として扱われてきた元軍人は、撃墜までの一部始終を取材に応えていた。

米駐在武官歴を持つ山本五十六が、対米不戦派の重鎮であったことは日本では知られたことだが、米側にとっては闇討ち真珠湾攻撃の立案・実行者でしかない。歴史の事実は厳密であり、冷酷でもあり、皮肉でもある。山本提督殺害作戦の実行を承認した米側トップのニミッツ提督は、若き海軍士官時代に、日本海海戦の東郷平八郎にも会い、東郷を深く尊敬した軍人でもあった。

当初は「真珠港」(パールハーバー)攻撃と呼んだ、この攻撃原プランは、山本五十六らではなく、1893年に始まる英センピル教育団にさかのぼるとする説もある。海軍航空技術を指導する英空軍のウィリアム・フォーブスセンピル大佐のグループは一年半の間、霞ヶ浦で先端の航空技術を伝授。そのフォーブスセンピル大佐は第二次大戦終結まで、日本と深いかかわりを持ったが、英国はスコットランド貴族のこのフォーブスセンピルを拘束出来なかった。

当時の英ジョージ6世王妃エリザベス(のちのエリザベス皇太后)がスコットランド貴族の出の気性の激しい女性。チャーチルも常に遠慮の姿勢だった。また一方で歴史的にも特別な関係の米英にも、本家が持つ、成り上がりへの”妬み”の空気があった。日英同盟の時代、英国は日本を使って米太平洋艦隊の根拠地ハワイ攻略を想定する図上演習をしていたというのだ。フォーブスセンピル大佐は、のち駐英大使の吉田茂とも懇意になっていた。

真珠湾攻撃で被害を受けた米軍艦(米海軍公式写真より)

ところで山本五十六のこの作戦は、当然のことながら、事前の宣戦布告と一体のもののはず。だが在米大使館の不手際で、この布告にあたる日本の「対米覚書」は攻撃事後となり、米国世論を硬化させ、日米開戦となった。

わたしの滞米中、親しくなったホワイトハウス警備のシークレットサービス隊員がホワイトハウス隣接の非公開「オールド・エグゼクティブハウス」の、当時のハル国務長官が、野村、栗栖の両大使から対米覚書を受けた執務室をこっそり見せてくれたが、さすがに彼もまじめな顔だった。

真珠湾先制攻撃は(当時の)ルーズベルト米大統領の陰謀との論も、いまだに多く出ている。また米国の対日最後通告とされるハル・ノートにより、日米開戦不可避の空気もあったが、この不意打ち攻撃では兵士だけでなく、米市民の犠牲者も出ている。

イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官は「少将」で、トランプ米大統領はその扱いでツイートした。革命防衛隊の総司令官はさらに高位の軍人がいる。ソレイマニ司令官は、海軍大将山本五十六とはランクが違う。米・イラン全面対決という想定構図は考えすぎだ。

また米国のテロ撲滅とするピンポイント攻撃には、空輸特殊部隊を使ったオバマ政権時代のビンラーディン殺害、トランプ政権でのIS指導者バグダディ殺害がある。カーター政権で失敗した、イラン米大使館人質救出作戦失敗を教訓にしたものだろう。

先の大戦では日本の対外暗号通信が筒抜けの一方、ソ連軍の対日参戦を決めた「ヤルタの密約」は、在欧州の日本軍情報機関がいち早く入手、大本営参謀本部に伝達されたが、握りつぶし、黙殺されたのが実情という。かのハル国務長官もあきれた、日本の対米覚書のぶざまな手渡しといい、またここ一番の情報戦でのヤルタの密約情報黙殺という失態ぶりは、現在の日本でも起っていないか。

たった今の情報・セキュリティの失敗は、ゴーン・レバノン脱出事件を見ても明らかだ。改めて、あの「真珠湾奇襲成功」なる、空虚な言葉は廃語にして将来に向かうべきであろう。

山田 禎介(やまだていすけ)国際問題ジャーナリスト
明治大卒業後、毎日新聞に入社。横浜支局、東京本社外信部を経てジャカルタ特派員。東南アジア、大洋州取材を行った後に退社。神奈川新聞社を経て、産経新聞社に移籍。同社外信部編集委員からEU、NATO担当ブリュッセル特派員で欧州一円を取材。その後、産経新聞提携の「USA TODAY」ワシントン本社駐在でUSA TODAY編集会議に参加した。著書に「ニュージーランドの魅力」(サイマル出版会) 「中国人の交渉術」(文藝春秋社、共訳)など。