関電幹部を恫喝する「高浜町元助役」の声を聴いて、あなたはどう思いますか?

山口 利昭

日産前会長の逃亡事件について、あまりグレッグ・ケリー被告(被告人)の金商法違反被告事件への影響は報じられないようですね。本当に「日本の司法制度への影響」を議論するのであれば、これからグレッグ・ケリー氏の有価証券虚偽記載罪がどうなるのか、無罪となれば、もしくは有罪となればゴーン氏の事件にどのような影響が出るのか、そこを議論することが大切ではないかと思っております。ゴーン氏の行動に対する評価は将来の国民に委ねるとしても、グレッグ・ケリー氏の裁判は否応なしに今年始まるわけでして、ゴーン氏も、またフランスのPR会社も注目しているはずです。

さて、関電幹部の金品受領問題については第三者委員会の報告待ち・・・ということで、ほとんどマスコミでも報じられることがなくなりましたが、少し前に共同通信ニュースで、関電幹部を恫喝する高浜町元助役の音声が公開されました。「金品受領を拒否できないほど、恐ろしい恫喝だった」「ダンプで家に突っ込んでやるぞ、と言われた」等みなさん口にしていたので、おそるおそる聴いてみました。皆様も約2分の音声動画なので、ぜひ聴いてみてください。

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うーーーーん、評価はいろいろだと思いますが、私が内部通報の窓口担当として音声データをチェックしている昨今のハラスメント動画のほうが数倍は恫喝のレベルが高い、というのがホンネのところです(男性上司、女性上司を含めて)。この音声動画は「いつまでに返事すんねん!?」で終わっていますが、誠実な企業で起きるハラスメントは「いつまでに返事するの?」の次に「じゃあ、返事できなかったらどうするの?どんなふうに責任とるの?」と続きます。

それにしても、平成8年のこの音声データは、何の目的で録音されたのでしょうか?このデータを警察に持ち込んで元助役を刑事告発するためだったのでしょうか?組織的だったのでしょうか、それとも苦しい立場に置かれた関電幹部が、個人的に悩んで録音行動に及んだのでしょうか?あるいは第三者が盗聴によって録取したのでしょうか?どうして今になって共同通信の記者にデータを手渡す気になったのでしょうか?わずか2分の音声データではありますが、そこから文字では表現できない情報が集まり、いろいろな疑問が湧いてきます。

以下は全くの推測にすぎませんが、おそらく関電幹部が「金品受領」を拒めなかったのは、単に恫喝されるのが怖かったのではなく、①当該元助役の神話に基づくカリスマ性に畏怖していた、②元助役の言うことを聞かないことで、「社内の空気を読まないやつ」として、関電内でハラスメントの対象となることを怖れた、③そもそも恫喝された、といいながら、本当は関電の原子力発電事業のために必要な人だったので、うまく活用していた、のいずれかではないでしょうか。やはり五感に訴える一次情報は重要です。

日産前会長の逃亡事件についてもうひとつ議論していただきたいのが、「じゃあ、こうなる前に、どうすれば日産社内のガバナンスでゴーンさんを追放する(クーデターを起こす)ことができたのか?」という点です。

「3人の代表取締役全員が『問題なし』と承認しているのに、どうして検察から『違法だ』として逮捕されなければならないのか?」「日本で司法取引が制度化されたのは、取調べの可視化とのバランスをはかるためと聞いたが、司法取引で始まった事件にどうして弁護士が同席していないのか?」という海外メディアの素朴な疑問に、日本人はどう答えるのでしょうか?

お金も迫力もある経営トップの追放は、国の力を借りなければ排除できない、といった日本企業の文化を世界に広めたことこそ、大きな問題だと思います。

これまで不正行為の摘発よりも「プライバシー」が尊重されてきたドイツ、フランスでさえ(国際犯罪への対処を優先せざるを得ないとして)公益通報者保護制度が誕生しています。音声や録画データを残してハラスメントの証拠として活用するということも、社内不正を自助努力で排除するためにも普通に検討してみるべきではないでしょうか。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録 42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年1月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。