役員報酬と債権法改正における「成果完成型委任契約」

120年ぶりに改正された民法(債権法)が、いよいよ4月1日に施行されます。改正民法では、「契約その他の債権(債務)の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」という用語が頻繁に使われてるのが特色です。なので、企業の一般的な常識をもって改正民法を解釈したいと思うのですが、会社法上の役員報酬制度と委任契約との関係がよくわかりません。

photoB/写真AC

会社と取締役(役員)との関係は民法の委任に関する規定に従う(会社法330条)わけですが、その「委任契約」の内容が今回の債権法改正で変わります。これまでの委任契約(準委任契約)とは別に「成果完成型委任契約」に関する規定があります。

一方で、最近はガバナンス改革の流れにおいて、上場会社の取締役の報酬に「業績連動型報酬制度」を採用することが当たり前になりました。そこで疑問が生じるのが、この業績連動型報酬制度を採用した企業の取締役については、単なる委任事務の処理だけではく、成果完成型の委任事務の契約も含まれているのではないか?というものです。

請負契約における「仕事完成義務」とは異なり、この「成果完成型委任契約」は、受任者に成果完成義務は発生しない、とされています。そうであるならば、業績連動型の報酬制度を採用している会社では、「取引上の社会通念に照らして」成果完成型委任契約が会社と取締役との間で締結されたとみるのが当事者の合理的な意思解釈のように思えます。

私、このたびの債権法改正の経緯についてはあまり詳しい弁護士ではありませんが、民法に「成果」という用語が使われるのは初めてではないでしょうか。「請負契約」に「仕事の結果」という用語はありますが「成果」なる用語は出てきません(間違っておりましたら訂正いたします)。法務省の立案担当者の方が執筆された本(「一問一答民法・債権関係改正」商事法務)を読んでも、「成果」の定義は出てきません。

もちろん役員報酬における「業績連動型報酬」は一定の結果を残せば報酬がもらえるわけですが、これを「成果完成型委任契約」だとすれば、たとえ一定の数値目標をクリアしていなくても、「請負契約」の改正民法634条の準用によって「おれはここまでの成果は残した」として業績連動型報酬の一部を会社に請求することもできそうな気がします。また、そう考えるのが「取引上の社会通念に従った」解釈ではないかと(ある日突然、業績が達成できた…ということはないと思います)。

【改正後民法】
(注文者が受ける利益の割合に応じた報酬)
第634条
次に掲げる場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる。

一 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき。
二 請負が仕事の完成前に解除されたとき。

同様の問題は会社法上の役員ではありませんが「執行役員」についても生じるかもしれません。債権法改正が企業法務に及ぼす影響は、まだきちんとわかっていないところが多いと聞きます。強行法規が多い会社法と異なり、民法は任意法規が多いので、その交錯点にはまた様々な学者、実務家の論点となりうる問題が潜んでいるように思います。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録 42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年1月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。