北朝鮮が「年内発言」でアメリカを脅した根拠は

米朝関係はここにきて一時休戦といった静けさが支配しているが、2020年が明けた。そろそろ動き出すのではないだろうか。具体的には、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の「新しい戦略兵器」の御披露となるのではないか。

南北の非武装地帯で会合したトランプ米大統領と金正恩委員長(ホワイトハウス公式サイトから、2019年6月30日)

金正恩朝鮮労働党委員長は昨年12月28日から4日間、労働党中央委員会総会を開催し、そこで「世界は新しい戦略兵器を目撃するだろう」と表明している。それに先立ち、北朝鮮はトランプ米政権に対し、「年内にわが国への制裁解除を明確にすべきだ。さもなければ……」と語り、トランプ氏に対応を促したが、「年内」は過ぎ、2020年に入った。金正恩氏が発した「年末まで」は単なる脅しに過ぎなかったのか、それとも根拠のある発言だったのだろうか。

金正恩氏の党中央委員会総会での表明などから「年内に」というレッドライン発言が「新しい戦略兵器」と密接につながってくる。

トランプ氏は米大統領選を間近に控え、20年に入れば朝鮮半島の核問題で冷静に対峙する時間と余裕がなくなるから、金正恩氏は「19年末までに対応すべきだ」というレッドライン発言になった、と一般的には受け取られている。一理あるが、それだけだろうか。

欧州軍事専門家の間では、「金正恩氏は人民軍幹部から大陸間弾道ミサイル(ICBM)が完成したという報告を受け取ったからだ」という情報が囁かれている。米本土まで到着可能なICBMの完成報告を受けた金正恩氏は早速、トランプ氏にレッドラインを突きつけたというわけだ。

軍事関係者によると、北朝鮮は大陸間弾道ミサイル開発で難問に直面してきた。方向制御や姿勢制御の装置では問題がなかったが、発射したミサイルが高高度まで達した後、大気圏に再突入する際、高熱に耐えられず、ミサイルが破壊されるという問題を抱えてきたことだ。その問題の克服が課題だったが、「それが解決した」という知らせを金正恩氏は人民軍幹部から受け取ったのだ。すなわち、「新しい戦略兵器」は完成したICBMではないか、と推測できるのだ。

北は2017年11月29日、同国初のICBMの実験を成功させたが、大気圏再導入の際にミサイルは高熱で破壊された。その難問を北人民軍ミサイル開発担当官が克服したというのだ。そこで昨年12月末、異例の4日間という長い総会を開催し、先述した発言となったのではないか。金正恩氏は完成したICBMカードを手にし、トランプ氏に制裁解除を迫ってきた、と考えられるのだ。

17年11月のICBM(火星15)はロフテッド軌道で打ち上げられ、高度4475kmまで達成した。通常角度の発射の場合、その射程距離は約1万3000kmとなるから、「火星15」は米国本土をカバーできる。その「火星15」が難問を克服したとすれば、米国にとってリアルな脅威だ。

金正恩氏が取れる「次の一手」は、①核実験の実施、②完成したICBMの発射、そして③核搭載可能なミサイルを新型潜水艦(SLBM)から発射実験だろう。トランプ氏は北に対し、「金正恩氏との関係は問題ない。しかし、北が約束を放棄した場合、米国は強い姿勢で臨まなければならなくなる」と改めて警告を発している。核実験とICBM発射はモラトリアムの終焉を意味し、米国から即制裁を受ける危険性が高い。

今年に入り、米軍が3日、イラクのバグダッドでイラン革命部隊「コッズ部隊」のクレイマニ司令官を暗殺した、というニュースを知った金正恩氏はやはり動揺しただろう。トランプ米政権はイスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)の指導者アブバクル・バグダティを殺害している。そして今回はイランのクレイマニ司令官だ。次は自分ではないか。

①と②は金正恩氏にとって余りにもリスクが大きい。そこで金正恩氏はトランプ氏の激怒が少ない③のシナリオを選択するのではないか、と予想されるわけだ。

兵器は実験を繰り返し、実戦で問題がないことを確認してからしか配備できない。北の「新しい戦略兵器」でも同じだろう。北が完成したICBMが予定通りその威力を発揮できるかを実験で確認する必要性がある。その意味で、北は時が来れば完成したICBMの発射実験をせざるを得ない。失敗できない。金正恩氏は発射指令をいつ出すか、トランプ氏の大統領選の行方などを見ながら慎重に検討しているのではないか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年1月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。