バド桃田選手の回復を祈って! 不屈の選手を育てた福島の教育構想とは?

2020年01月22日 06:00

お正月は駅伝などのスポーツを見ながらゆっくり過ごすことができました。皆様は昨年のスポーツ界を振り返って最も印象に残った選手はどなたでしょう。ラグビーワールドカップでのワンチームも記憶に新しいですし、イチロー選手の引退に感動した方も多いと思うのですが、私はバドミントンの桃田賢斗選手をあげたいと思います。

桃田選手ツイッターより

桃田選手は、バドミントン男子シングルスで現在世界ランキング1位。2019年の国際大会で優勝11回という前人未到の偉業を成し遂げました。技術力はもちろんですが、年間通じて国際大会を連戦する強靭な身体と精神に驚かされます。

その桃田選手が、1月13日早朝マレーシアで交通事故に遭遇し、打撲などの怪我をしました。当面は静養し、復帰を目指すということですが、まずは心身を回復させて、東京五輪に万全の体調で臨めるよう心から祈っています。

今回の事故に関しては福島県民から心配と励ましの声が多数寄せられています。なぜなら桃田選手は福島から世界に飛び立った選手だからです。今回は桃田選手の根っこを作った、「双葉地区教育構想」のことを書きたいと思います。

2006年より、福島県ではJFA(日本サッカー協会)や地元の町、大学などと連携し、双葉地区における人材育成構想を立ち上げました。構想の目標を「真の国際人として社会をリードする人材の育成」とし、基幹校である県立富岡高校を普通科から国際・スポーツ科に改編しました。一流の教員・指導者や外国人講師を配置するとともに、トップアスリートの育成にふさわしい寮や体育館などの整備も行いました。

小学校を卒業したばかりの桃田少年は、この教育構想に参画すべく、地元の香川県から単身福島県にやってきたのです。本構想の特色の一つは、6年間を通じた中高一貫教育です。桃田選手は中学時代から体力で勝る高校生と競いあい、ヘアピンショットなどの巧みな技術を磨いていきました。

本構想は開始から5年ほどのうちに、バドミントン部の全国大会優勝、サッカーやゴルフのプロ選手の誕生、大学進学率の大幅な増加など着実に成果をあげていきました。公立学校としては比類なき取組であるがゆえに、構想については教育界にも様々な受け止めがありましたが、生徒たちが成長・活躍する姿を通じて県民に希望を届ける構想になっていったと思われます。

しかしながら、構想開始から5年ほど経過した2011年、大きな転機を迎えます。東日本大震災と原発事故の発生です(富岡高校は原発から20キロ圏内)。桃田選手にとっては高校1年生の終わりごろのことです。

原発事故により富岡高校に限らず9つの高校では、校舎を使うことができなくなり、生徒は散り散りに避難しました。この場合、生徒は避難した先にある高校に転校せざるを得ないと考えられるのですが、これまで在籍していた高校で卒業したいという生徒の希望を叶えるべく、当時の県教育委員会は、避難先でも元の学校のカリキュラムで学ぶことができる「サテライト校」の運用を決断しました。一つの高校がいくつもの衛星(サテライト)のように、県内に分散したのです。

富岡高校にはトップアスリートを目指す生徒たちがたくさんおり、練習環境がカリキュラム上も極めて重要であるため、異例中の異例ですが競技ごとに各地にサテライト校ができることになりました。JFAアカデミー福島(サッカー)の生徒たちは静岡県御殿場市へ、ゴルフの生徒たちは福島市へという具合に散り散りになったのです。

高校2年生になったばかりの桃田選手を含むバドミントン部の生徒たちは、富岡町から100km以上も離れた猪苗代町に避難しました。そこで現地のサテライト校に通い、ペンションを「緊急寮」としてお借りして、新天地で先生や仲間たちと活動を再開したのです。

生徒たちは新たな環境でも、インターハイや国体での全国優勝のみならず、世界大会でも上位に食い込むなどの成績を残し、県民の希望になってきました。桃田選手の不屈の精神と身体の根っこは、ここで培われたと言っても過言ではないはずです。現に桃田選手は、福島県を「第二の故郷」と様々なところで発言しています。

やがて各サテライト校の生徒数は少なくなっていき、富岡高校を含む双葉地域の高校5校は、2017年3月をもって休校となりました。構想推進の中核として歩んできた富岡高校の11年間は、万感胸に迫る中で、いったん幕を下ろしたのです。

しかし、双葉地区の教育の灯を消してはいけないという関係者の懸命の努力により、休校となった5校の伝統と精神を受け継ぐ「県立ふたば未来学園」が新設され、新たな双葉地区教育構想の中核を担っています。バドミントンの生徒たちも2019年4月の本校舎の完成に合わせて、避難先の猪苗代町から新校舎と寮が建設された双葉郡広野町に戻ってくることができました。

構想のこれまでを振り返ってみると、富岡ではじまった「第1フェーズ(草創期)」、避難先の猪苗代での不屈の「第2フェーズ(挑戦期)」、そして現在は双葉地区に戻ってきて「第3フェーズ(飛躍期)」にあるといえます。

ふたば未来学園バドミントン部は、今年度だけでもインターハイ女子団体は4年連続の全国優勝、全国中学校体育大会でも男女の団体と男子シングルスで優勝などの輝かしい成績を修めています。バドミントン部の旗には、今でも「富岡魂」と掲げられており、競技成績が素晴らしいことはもちろんですが、その精神を受け継いでいるといえます。

桃田選手はリオ五輪では違法賭博問題により出場が叶わず、バドミントンや試合から遠ざかる期間を経ましたが、再び世界の頂点までかけあがりました。そして今回は不運な交通事故に遭遇してもなお、3月の世界大会への出場を目指しているといいます。

震災及び原発事故からの復興途上で、台風による二重三重の被害を被った福島県ですが、何度でも立ち上がり復興を果たそうとする姿は、桃田選手の復活に重なるように感じられます。桃田選手の怪我からの回復と、東京五輪での活躍を心から願っています。

参考:
双葉地区教育構想の経過や状況などを詳しく知るには、こちらの「双葉地区未来創造型リーダー育成構想(新双葉地区教育構想)」をご覧ください。(福島県教育委員会ホームページより)


高橋 洋平(たかはし ようへい)福島県企画調整部企画調整課長
2005年文部科学省に入省。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、私学助成課課長補佐などを経て、2016年より福島県に出向し、教育総務課長として教育の復興などを担当。2019年から現職で、県政全般の内外調整を担う。

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高橋 洋平
福島県 企画調整部企画調整課長(文科省から出向中)

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