香港・台湾問題:「二制度」ならば「一国」でなくても良いではないか!

2020年01月29日 06:01

蔡英文総統が圧勝した台湾と先が見えない混乱下の香港の行く末は、国際社会の大きな関心事の一つだ。本稿では「香港」と「中国4.0」という二冊の新書をヒントに香港台湾問題を考えてみたい。

11日の台湾総統選に勝利した蔡英文氏(写真は1月26日、總統府/flickrより)

「-過去・現在・未来-」が副題の「香港」の上梓は85年7月、内容はすっかり忘れていた。著者は岡田晃(1918年-2017年)という上海東亜同文書院と東北大で学んだ外交官で、68年から72年まで香港総領事の後、ブルガリアとスイス大使を歴任した。

84年12月に調印された香港返還に関する英中共同声明のインクも乾かぬ頃に、中国贔屓の方が書いたらしい熱気が、「82年9月に最初の話し合いが持たれてから22回のジグザクコースを経て」などとあるその行間からも伝わる。

16年に出た「中国4.0」も面白い。特に興味深いのは「変数」と「パラメータ」。著者ルトワックは「変数」を「時の政権の一時的な政策」、「パラメータ」を「国の性質」と各々定義し、米国の「パラメータ」が習近平の「G2=新型大国関係」を決して受け入れないとする。

米国がレーガン政権に代わった辺りから激しくなった台中対立も、昨年6月の香港100万人デモ以降の港中対立も、ともに米中対立がその背景にあるとみて良い。その意味でこの二冊の新書は示唆に富む。

岡田は、81年9月に全人代常務委員長の葉剣英が、台湾に対する第三次国共合作の持ち掛けのために行った提案の中に、既に「一国内に社会主義と資本主義という二つの制度」の構想があったとする。

国共合作とは驚くが、台湾は蒋介石が逝ってまだ6年、蒋経国は断絶した米国と台湾関係法を結び、また十大建設などで経済も順調と脂が乗っていて、父介石の目指した大陸反攻の夢も捨てていなかった。一方の鄧小平にも、外省人が力のある間に台湾統一を、という目論見があった。

81年9月といえば、英中の公式交渉は82年9月のサッチャー英首相の第一回訪中を嚆矢とするからその前年だ。葉の発言は台湾統一に向けたものだったが、香港を抱える英国がこの発言に反応して交渉を思い立ったとしても不思議はない。

岡田も鄧小平主任が84年6月に全国政治協商会議の香港代表に対してこう述べたと書いている。

この構想(一国二制度)は、私が5年前から考えていたもので、決して思い付きで述べたものではない。熟慮百考の上、台湾、香港問題の解決の方法として適用してみようと思った。

鄧はその年の10月にも、香港・マカオの訪中代表団に以下のように述べたと10月30日付の「北京周報」が報じている。

例えば香港、台湾では資本主義制度を許す。中国は開放政策をとり資本主義が入ってくるのを許しているが、これは社会主義の発展を補うものとして生産力の発展に役立つ。・・深圳も社会主義制度をとっている。だから深圳は香港とは違う。深圳が将来香港に引っ越すのでもなく、香港が深圳に引っ越すのでもない。中国の柱となる制度は社会主義制度である。

「趙紫陽極秘回顧録」(光文社)には、このころ古参の陳雲が鄧の「対外開放路線に深い懸念を抱いて」おり、理由の一つに「海外からの直接投資を無制限に受け入れれば、非常に金利が高いので返済できなくなる」ことを挙げたとある。目下の一帯一路を思うと噴飯ものだが。

趙首相は84年1月に訪米、台湾では「米中唯一の障害だが種々の方法により、時間をかけて台湾統一を実現したい」とし、香港では「港人治港」や返還後50年間の資本主義体制を保証、「香港の平和的解決は台湾の統一のために最も良い前例になる」と説明した。当時から台・港はセットだったのだ。

説明した相手は、台湾関係法に基づく台湾への武器売却は「量も質も中国による脅威次第」と82年に声明したレーガン大統領と米議会だ。岡田は、その米議会で「港人治港」に関し一議員から次の様な決議案が出されたと書いている。

それならば、台湾問題解決のために「台人治台」をいう原則で、台湾当局は戒厳令を解除し、台湾人の自由選挙と自由意思によって、彼らが受入れ可能な政治制度を決めさせてはどうだろうか。中国政府はこの案を拒否することはできないのではないだろうか。

これに対し、中国から「内政干渉」との抗議がなされたと聞いている。が、この論理に日頃から「中国問題はあるが、台湾問題はない」と公言して憚らない蒋経国はどう反論したのだろうか。また中国がどういう理論的反論を加えたか、いまだ明らかでない。

この話は二つの意味で興味深い。一つは蒋経国の「台湾問題はない」の意味。傍から理解し辛いのだが台湾人のいう独立には、大陸からの独立中国国民党からの独立の二通りある。蒋経国の当時、大陸反攻が党是の国民党の主張は「大陸が中華民国の一部」だったからだ。

が、それは台湾人(本省人)にとっては、台湾が外の省の者(外省人)に占領されていることを意味する。だから民進党は92年合意(一つの中国を、大陸は台湾を大陸の一部と考え、国民党は大陸を台湾の一部と考える、という合意)の存在を認めないのだ。

二つ目は、経国が84年に李登輝を副総統に据え、87年に戒厳令を解除して民主化に向かった意味。その間に江南事件(蒋経国伝の著者江南が米国で台湾マフィアに殺された事件。息子蒋孝武の関与が疑われた)や糖尿病問題などがあった。が、この米国の姿勢も影響したはずだ。

その後の台湾は李登輝が選挙で総統に選ばれ、大陸反攻を棄てて民主化した。政権交代が行われているのは見ての通りだ。が、当時も今も一党独裁の中国は、疵物レコードのように「内政干渉」と反応する状態のままだ。

そこで「中国4.0」。趙紫陽の前掲書は、当時の沿岸での「経済犯罪撲滅運動」について、「運動は甚大な被害をもたらした。確かに経済を活性化しただけでなく、密輸、投機、汚職、国有財産窃盗などの犯罪にも繋がったが、個々の場合に応じて対処すべきだった」と断じている。

ルトワックは、中国の二つの敵として「習近平」と「米国」を挙げる。「習近平」とは、共産党を救うために彼が「敢行」している「反腐敗運動」が、共産党の機能そのものを破壊してしまうとの意味だ。これも趙紫陽が回顧録を書いた40年前と変っていない。

有能な党員は「汚職によってカネを得る一方で、経済発展の重要な担い手となりながら、共産党に忠誠を誓ってきた」のに「資金が枯渇すれば・・党員たちは野垂れ死にすることになる」ので「共産党の求心力を奪っている」と習の施策を断じる。

「米国」の意味の一つは大統領選挙だ。ルトワックは、「(選挙を見て)中国人たちはまず何を思うだろうか、一体誰が習近平を選んだんだ?と感じるはずだ」、「これを突き詰めると、習を選んだのは北京の背広を着た男たちだ、ということになる」とする。

トランプは中国に貿易戦争や人権問題など様々仕掛けている。が、ルトワックに言わせれば、何もしなくとも米国の存在自体が日夜中国に攻撃を仕掛けているという訳だ。選挙というなら、香港の区議会選や台湾の総統選・立法委選も中国への攻撃に違いない。

世界に蔓延中の新型肺炎騒動でも中国共産党の隠蔽体質は国際社会の非難の的だ。この騒動が一党独裁に引導を渡さないとは誰も言い切れない。習主席は(騒動の贖罪の意味からも)香港と台湾をその民意に任せてはどうか。「港人治港」も「台人治台」も「いつでも独立できる」と同義だ。

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