アラブでパレスチナへの関心薄れる

中東のアラブ・イスラム諸国では過去、意見の対立があったとしてもパレスチナ人問題になると結束してきた。イスラエルに自国領土を奪われ、中東全域に散らばったパレスチナ人難民に対し同情し、経済支援を惜しまなかった。彼らにとって、イスラエルは最大の敵国だったからだ。それがトランプ大統領がホワイトハウスに就任して以来、パレスチナ人問題のプライオリティが低くなってきたのだ。

1日に開かれたアラブ連盟の緊急会合(公式サイトより)

イスラム教スンニ派の盟主サウジアラビアとシーア派代表のイランの間で「どちらが本当のイスラム教か」といった争いが1300年間、中東地域で展開されてきたが、問題がパレスチナ人の権利となると連携してきた。両国の共通の敵がイスラエルだったからだ。

しかし、サウジの優先課題はここにきてシーア派代表、イランとの主導権争いに代わってきた。その結果、パレスチナ人問題は脇に置かれてきた。サウジにとって、イスラエルはもはや最大の敵ではなく、イランこそ最大の脅威と受け取られてきたからだ(「サウジとイスラエルが急接近」2017年11月26日参考)。

イランはシリア内戦ではロシアと共にアサド政権に軍事支援をし、守勢気味だったアサド政権を支え、反体制派勢力やイスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)を駆逐し、奪われた領土をほぼ奪回する成果を上げた。イエメンではイスラム教シーア派系反政府武装組織「フーシ派」を支援し、親サウジ政権の打倒を図る一方、モザイク国家と呼ばれ、キリスト教マロン派、スンニ派、シーア派3宗派が共存するレバノンでは、イランの軍事支援を受けたシーア派武装組織ヒズボラを陰で支援するなど、イランは中東アラブ諸国で影響力を急速に拡大してきた。

これに危機感をもったのはサウジ、エジプト、そしてアラブ首長国連邦などだ。彼らは対イラン問題で結束してきた。トランプ米大統領は1月28日、新中東和平案を発表した。トルコやイランはパレスチナ人の自治権を無視したイスラエル寄りの和平案を厳しく批判したが、サウジやエジプトは新和平案を歓迎こそしないが、強い反対は控えている。というのも、両国にとって、対米、対イスラエルとの関係堅持がパレスチナ人問題より重要視されてきたからだ。

例えば、サウジのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子はトランプ米政権から支援を受けるイスラエルへの批判を避け出している。エジプトとハマスとの関係もここにきて冷えてきた。

アラブ連盟は1日、カイロで緊急会議を開催し、トランプ米大統領が発表した新中東和平案について協議、パレスチナ人の自治権を無視したイスラエル寄りの和平案に対し、「完全で公正な和平案ではない」という理由で反対する決議を全会一致で採択したが、アラブ諸国は決して一枚岩ではないことが会議でも明らかになった。米・イスラエルとの連携を重視するサウジはトランプ氏の和平案への強い反対を控え、曖昧な姿勢を崩していない。

一方、トルコはイランとの連携を深め、トランプ米大統領の中東和平案に対しては「政治的、領土的に全てイスラエルの意向を反映したものだ」として強く反対している。ヨルダンやカタールはパレスチナ人の立場を理解する一方、トランプ氏の新和平案には慎重な立場を持ち続けている。

ちなみに、トランプ米大統領の和平案は、①ヨルダン西岸のユダヤ人入植地をイスラエル領土に併合、②エルサレムはイスラエルの不可分の首都、③テロ活動から手を引き、イスラエルを国家承認するならば、パレスチナの国家独立を容認、首都はパレスチナ側が求めてきた東エルサレム全体ではなくアブディス地区周辺部とする、④米国は500億ドル以上をパレスチナに支援する投資計画、といった内容だ。

和平案の中で最も重要な点は、イスラエルとパレスチナの両国の国境線を、1967年の第3次中東戦争前の国境線ではなく、ユダヤ人入植地をイスラエル側の領土に加えたことだ。パレスチナ側が最も強く反発している点だ。ただし、トランプ氏は同時に、イスラエル側に入植活動を今後4年間凍結するように要求、パレスチナ側の反発に一定の理解を示している。

参考までに、アラブ連盟が2002年に提案した和平案によれば、アラブ諸国はイスラエルを国家承認し、国交関係を樹立。イスラエルは東エルサレムを首都としたパレスチナ国家を承認し、1967年以降占領した地域から撤退し、難民パレスチナ人の帰還問題にも対応するという内容だった。

パレスチナ自治政府のアッバス議長は和平案が公表された後、「パレスチナ国家にエルサレムを含まない和平案は受け入れられない」と指摘し、「パレスチナは米国とイスラエル両国との関係を断絶する」と表明し、イスラエル寄りの和平案に強く反発している。

アッバス議長はアラブ・イスラム諸国から昔のように全面的支持を得られないことを肌で感じてきているはずだ。イスラエルと外交関係があるのはエジプトとヨルダンの2国だが、サウジは近い将来、イスラエルと国交を締結する可能性が排除できない。パレスチナ問題を取り巻くアラブ・イスラム教国の情勢が変わってきたのだ。

中東・北アフリカ諸国で“アラブの春”(民主化運動)が勃発して以来、汎アラブ主義は後退し、アラブ諸国ではパレスチナ問題への関心が薄れてきた。外交的にはパレスチナ人の権利を擁護するが、パレスチナ人のために国益を無視しても支援するアラブ諸国は少なくなってきたのだ。

アラブ・イスラム諸国のパレスチナ問題へのコンセンサスはもはや期待できなくなった。トランプ氏の新和平案では、パレスチナにも独立国家の道が開かれるが、そのためには多くの譲歩が求められている。特に、エルサレム問題だ。アッバス議長は「エルサレム問題は売買(取引)できるものではない」と述べている。パレスチナ人は、独自の国家を有さない最大民族クルド人と共に、歴史の激動に揺れ動かされてきた悲しい民族だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年2月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。