アルゼンチン新大統領、初の外遊先がまさかのイスラエルの背景

2020年02月11日 06:00

アルゼンチンのアルベルト・フェルナンデスが大統領に就任してから初の外遊先としてイスラエルを選ぼうとは、アルゼンチン国内で誰も予測していなかった。新大統領は1月23日にエルサレムで行われる国際ホロコースト記念式典に出席した。

イスラエルを訪れたフェルナンデス大統領(ツイッターより)

アルゼンチンの大統領は就任して最初に訪問する先はブラジルなどメルコスルの加盟国への訪問が慣例となっていた。さらに意外だったのは、イスラエルへの訪問を勧めたのがクリスチーナ・フェルナンデス副大統領だったということである。それも急遽の決定であった。

副大統領がイスラエル行きを勧めた「事情」

副大統領は彼女が大統領だった時にロシア、中国そしてイランとの関係強化に努めていたことから、イスラエルにとって、歓迎されなかった。それでも、その彼女がフェルナンデス大統領の最初の外遊先としてイスラエルを選ばせたのは「隠された事情」があったからである。それを以下に説明しよう。

クリスティーナ・フェルナンデス副大統領(Wikipedia)

昨年11月12日、在アルゼンチンのイスラエル大使ガリッ・ロネンがアルベルト・フェルナンデスの事務所を訪問した。フェルナンデスが大統領に就任するほぼひと月前のこと。大使はイスラエルとアルゼンチンのこれまでの歴史的経緯を説明し、中東における複雑な情勢を報告した。

イスラエルがアルゼンチンで社会的に特異な地位を占めているのは、ラテンアメリカにおいてユダヤ人が最も多く在住しているのがアルゼンチンという関係からである。その数は推定18万人。(参照:infobae.com)。

この会見を利用して同大使は1月23日にヘルサレムで開催される国際ホロコースト式典にフェルナンデスを招待したのであった。その時点では、大統領に就任してからの予定を考慮すると非常に難しいと考えて曖昧な回答しかしなかった。しかも、彼はヒズボラをテロリストのリストから除外する考えも表明していた。

さらに、閣僚に予定されていたサビナ・フレデリックも米国からの圧力でマクリ前大統領がヒズボラをテロリストと認定したのであって、アルゼンチンはこの問題から離れるべきだ、と表明もしていた。この2人の考えはロネン大使からイスラエル政府に報告された。

イスラエルはマクリ前大統領の政権時は円滑な関係を維持していたが、フェルナンデス新政権とは難しい関係になることを懸念していた。特に、副大統領にクリスチーナ・フェルナンデス前大統領がいるというのは、イスラエルにとって両国の関係はマクリほどにはうまく行かないであろうと推測していた。

かつて直面した地政学的な現実

1月15日、クリスチーナ・フェルナンデスはキューバ訪問から戻ったことを大統領に報告したいと望んで夕食に誘った。この夕食での2人の会話の中で、大統領はIMFへの負債のこと、フランシスコ法王への謁見などについて副大統領に所見を語った。

彼女は大統領だった時の経験もあり、今では事態をより客観的に見ることができるようになっていた。彼女が大統領在任中に中国とロシアとの関係を強化し、しかもイランとは取引関係での覚書も交わした。それが要因となって彼女が得た経験は、アルゼンチンを完全に欧米から孤立化させてしまったということであった。そしてその結果として、米国、スペインを含めヨーロッパ、さらにイスラエルから完全に見放された状態に追い込まれてしまった。ジオポリティクスの厳しい現実を彼女は体験させられたのであった。

もちろん、この両者の会話の中で大統領はイスラエルから式典に招待を受けていることも彼女に伝えた。しかし、現在彼が抱えている業務多忙さからイスラエル訪問が日程的に難しいことを彼女に語った。

それを聞いた彼女は自らが大統領の時に孤立させられた経験から、大統領にイスラエルを訪問するように勧めたのであった。勧めた理由は、欠席すればイスラエルも米国もアルゼンチンが彼女の政権時と同様に欧米やイスラエルと距離を置こうという外交方針だと受け取ってしまう。

さらに、IMFとの負債の返済についても、イスラエルを訪問することによって、トランプ大統領がアルゼンチンのIMFへの負債について協力することを容易にさせることに繋がる。

ユダヤ人協会爆破事件を巡る検事の死

そして、もうひとつ、国内においてもアルベルト・ニスマン検事が死亡して丁度5年になるが、未だに他殺か自殺か解明できない状態が続いているということへの政府の見解を示す必要もあった。

ニスマン検事というのは、彼が調査していたAMIA事件のことであった。この事件は1994年にブエノスアイレスのユダヤ人共済協会がテロリストによって爆破され85名が死亡した事件である。ニスマンはこのテロリストによる爆破にはイラン政府が関与していたことを突き止めていた。その調査を前に進めさせないために当時のクリスチーナ・フェルナンデス大統領はイラン政府と貿易取引の拡大という形で覚書を交わしたのであった。

しかし、この覚書の背後には、このテロ事件のヒズボラとイラン人の実行犯はアルゼンチンが免罪にするという密約が交わされていたのである。この密約をニスマン検事は議会の公聴会で報告することが予定されていたのだ。ところが、その前日、彼の遺体が自宅の浴槽で発見された。仮に、報告していたら、当時のクリスチーナ・フェルナデス大統領は恐らく辞任を迫られていたであろう。

クリスチーナ・フェルナンデスと夕食を取った翌日16日、フェルナデス大統領は公式に式典に出席することを発表したのである。同伴者はファビオラ大統領夫人、カフィエロ閣僚首席(首相)、ソラー外相、ベリス戦略書記官、キシロフブエノスアイレス州知事、バルデス議員、ビオンディー報道官というこじんまりした陣容で訪問することにしたのである。

式典には、マクロン仏大統領、ペンス米副大統領、マクシマオランダ王妃(彼女はアルゼンチン出身)らとの会見も用意されてアルゼンチンの新たな外交がスタートするのであった。

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白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家

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