「漸進」あるのみ

2020年02月17日 14:00

前進ではなく、「漸進」という言葉をご存知でしょうか?「順を追って少しずつ進んでいくこと」という意味です。私は近年の多くのビジネスが驀進を目指した経営体系になっていることにやや懸念を感じています。前年度比3割、いや5割アップという破竹の勢いを維持するのは極めて難しいことを考えてみたいと思います。

売上が3割伸びるということは単に仕入れを3割増やすという単純計算ではありません。対応する人材や事務工数が増えるのみならず、クレームや処理の作業は膨大になり、必ず無理が生じてきます。売り上げの拡大に事務方や現場が追い付けばよいのですが、おおむね、経営というのは売り上げ至上主義的なところがあり、「この勢いに乗って市場を制覇するぞ」ということになります。

ところが従来の顧客は今までとサービスが変わったことに案外簡単に気づくことになります。「あれ、サービスレベルが下がった」「昔はもっと返事がすぐ来たのに」「品質が落ちた」など枚挙にいとまがありません。

漸進主義というのはその時にある背景をじっくり読み込み、最適な対応を考えるというやり方です。もっとも顕著な例が実は明治憲法制定のプロセスにありました。木戸孝充といえば維新三傑(西郷、大久保、木戸)の一人でありますが、木戸は漸進をそのモットーとしていました。

伊藤博文が木戸のことを回顧して述べた言葉があります。「今日になって考えてみると、それから(=憲法を作ること)から16年を費やして憲法は発布された。16年間の漸進主義は果たして非であったかということはよく判断してもらわなければならぬ。予は先輩(=木戸)のとった態度がすこぶる当たっていたと思う。」(伊藤博文直話より)

なぜ、伊藤がそう述べたかといえば明治維新直後の明治政府はあまりにも体制が弱体化しており、その間に征韓論あり、西南戦争ありで国家としての体を十分なしておらず、その渦中にあって憲法という確固たる日本のゆくべき姿を定めるにはあまりにも時期尚早ということだったのです。

つまり積み上げることによって見えてくるものがあるということでもあります。

もちろん、現代社会においてそんな悠長なことは言ってられません。ですが、先を急ぎ過ぎてもよい結果は得られないことは肝に銘じるべきでしょう。

実は私は8つもの仕事を並行してやっています。どうやっているのか、といえば実は漸進という発想と工程のオーバーラップという手法を使っています。例えば長年やっている業務は安定しているし、やらねばならない作業は事前から予想がついています。それらの定常的な業務は時間の隙間を利用して準備できるところはさっさとやっておくのです。一方、ちょっと力を入れなくてはいけない事業にはなるべく多くの時間を割きます。更に1年後、3年後のプロジェクトや業務の仕込みを少しずつ進めておくのです。

(写真AC:編集部)

(写真AC:編集部)

そうすると階段を上り続けるけれど階段の一段一段はいつも同じぐらいの高さで収まり、負担が少なくなるのです。事実、私は既に2年後のプロジェクトを仕込んですでに1年以上たちます。つまり、案件として日の目を見る3年も前から一歩ずつ準備をしているのです。

多くのケースは突然降ってわいたようなビジネスチャンスに飛びつくということだと思います。しかし、飛びつくビジネスは必ず裏がある、と考えています。ニュービジネスほど簡単なものはないと思っています。だからこそ、満を持して確実に歩を進めるという発想は決して巨大な会社にはならないけれど確実な成長が期待できると考えています。

日本は大半が中小企業です。その経営において会社が目指すべき方向というのはこういう考えにも出てくるのではないでしょうか?

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2020年2月17日の記事より転載させていただきました。

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