新型肺炎は千載一遇のチャンス:勝者となる条件

2020年02月22日 11:30

日本人は新型ウィルス騒ぎを災難としか受け取っていないが、中国などでは社会変革のチャンスととらえている。短期的には中国の打撃は大きいが、中長期的にみると勝者は中国で敗者は日本になりかねない。

新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真(国立感染症研究所サイトより)

あらゆる災難や不幸は打撃であると同時にチャンスでもある。関東大震災のときに復興の先頭に立った後藤新平は、これを千載一遇のチャンスだといって喜々として復興に望んで、明治維新のときに無血開城したがゆえに近代都市に改造できなかった東京を帝都としてふさわしい近代都市に改造した。

太平洋戦争の戦災は都市によって様々だった。東京では安井知事が野心的な話より都民の困窮への対応優先といってその場しのぎの復興をしたので、東京は1950年代にあたり「巨大な農村」と外国人にいわれるはめになって、東京五輪を口実にした強引な改造でつじつま合わせをした。日本橋の上に高速道路というのは、良くも悪くもこの負の歴史の象徴だ。

それに対して名古屋とか中小都市では福井などの復興は高く評価されている。名古屋では伊勢湾台風のあとの復興への評価も高い。近畿日本鉄道は大阪線は標準軌、名古屋線は狭軌だったが、このときに復旧を遅らせて標準軌に変えた。

一方、阪神淡路大震災のときの兵庫・神戸はそういう前向きの発想が稀薄で、せいぜい予定されていた区画整理を前倒しにした程度だった。政府も後藤田正晴が「復旧は助けるがもとより立派にするのは地元でやれ」という「後藤田ドクトリン」を出して足を引っ張ったので神戸港は釜山港にハブ港湾としての地位を奪われた。

東日本大震災のときは、私は「後藤新平の地元である東北は千載一遇のチャンスとしてこれを捉えるべきだ」と呼びかけた。結果は、阪神淡路のときよりましだったがそれでも中途半端だ。

新型ウィルス騒動についてみると、日本ではイベントの中止など後ろ向きの対応ばかりが目立つ。それに対して、中国では大学の講義をネット利用に切り替えるなどかなりの前向きの対応がされている。

シンガポールの感染者が多くなっているのは、世界でもっとも進んだ監視社会だから感染者が誰と接触したかがすぐ分かるからだという。

身近なところから、社会システム全体までこれを千載一遇のチャンスとできることは山ほどある。

とくに会議については、人が集まるのをやめてテレビ会議など他のやり方に変えるチャンスだ。大学の講義だってそうだ。ネットでやって、そのかわりにまともに聞いていたかどうかチェックのためのネット上のテストをして出席認定する方式に変えたら、学生も教師も家にいてもいいわけだ。

名刺の交換などスマホ同士での交換に変えるというなど、政府か経団連あたりが音頭をとって推進したらいい。もらった名刺を電子化するよりそのほうが合理的だ。印刷業界がとか心配する必要は本来はない。社会的に不要になったら消えるのでいいが(名刺だけやっている業者なんぞそんないないし)、しいていえば、印刷業界に何らかの援助を一時的にして代替策にすればいい。

新幹線などマイナンバーとリンクして予約しないと乗れない方式にすればいい。というより、マイナンバーカードを出したらチケット不要にできる。そうすれば、治安も断然良くなる。自由席は廃止してもなんの不都合もない(電子化すれば指定席であるがゆえに手間がかかることもない)。窓口販売も残してもいいが、500円くらい手数料を取ればいい(現状でもJRの会員になったら割安になるが、あれは、窓口販売で手数料をとると批判されるから裏口でやるのが主目的だろう)。

ホテルのレストランのバイキング方式ももう少し衛生に気をつけた方がいい。おしゃべりをしながら、料理を品定めして自分で取らせるなどもってのほかともいえる(料理を取るときはマスクさせるとかも一案)。パン屋などでも商品棚の方を向いてしゃべらないというのをマナーとして普及させたらいい。

ほかにも、いっぱいこれを機会に改善できることがあるはずだ。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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