「国会は何故おもしろくないのか」秘書40年の視点(上)

2020年02月22日 18:00

写真AC

「国会は何故おもしろくないのか」

よく質問を受ける。その度に、そもそも国会に面白さを求めるのは間違いだと答えてはいる。

その上で、政治や経済の問題はなかなか骨の折れることばかり、いくらか質問づくりを手伝って来たものとしては、よほど予算書を読みこなし、政策への知識やセンスがないと手応えのある議論は出来ないもので、官僚を凌駕できる政治家がどれだけいるだろうかと考えるとそれは心もとないとしか言いようがない。

行政に比べ政治側の情報も人材も足りない

基本的に政治側に情報が少ない。どうみても、そのためのスタッフやシンクタンクなどが全く不充分だ。しかも勉強不足。だから野党からの質問は、新聞記事や週刊誌をネタに、政府を攻めている場合が目立つが、それは自己満足で国民の心に響かない。行政に対する立法府として矜持がなさすぎると私はいつも思っている。

残念ながら多くの野党議員が、国民の代表としてチェック機能をなし得ているとは言いがたいし、政権交代に向けての独自の代案を持ち得てはいない。だからどうしても説得力に欠けることになる。いつまでこんな程度なのかなと、正直なところ国会の議論に期待する気持ちを失いがちになる。少なくとも野党が選挙運動ばかりではなく、もっと優秀な政策環境を形成する為に、政党助成金を惜しみなく投下すべきだと私は常に言い続けて来た。

とはいえ、 政府答弁も鼻でくくった官僚の文章を読むことが目立ち、国民に向かって誠意のある説明に心がけているとは決して思えない。特に安倍総理の答弁を聞いているといつも言葉は多いが、本質的な議論にはほとんどなっていないことに、むしろ巧みな対話術というか、はじめから見事に平行線に仕立てあげる能力を感じて苛立ちを覚えるのは私だけではないだろう。

参議院予算委員会(官邸サイトより)

政治家の資質が「面白くない」理由なのか?

ということは、与野党ともに政治家としての資質や能力がやはり問題なのか、だから国会が面白くないと考えがちなのだが、ほんとうにそうだろうか。私はそこが不思議で仕方がなかった。日本のトップクラスの頭脳を有するはずの官僚が、膨大なエネルギーを使って政府答弁を作成しているにも関わらず、何故何処か平板なつまらない答弁になるのかとずっとひっかかって来ていた。

レクで役人の人たちと話をしていると、確かに通りいっぺんの説明しかしない人もいるが、親しくなるとやはり優秀な人材が多いし、明晰な論理で回答をくれる人は少なくないのだ。それが何故、委員会での政府答弁となると、つまらなくなるのか。

そこには、当然もっと本質的な理由があるのではないか。そのことを永田町の関係者は気づいているけどいかんともしがたいと思っている。つまりは、国会には根本的に議論が成立しない、させない構造的な仕組みのようなものが、長年の慣習によって作り上げられてしまっているということなのである。

だから、与党の立場では議論に熱心ではなくなり、野党はスキャンダルや不祥事の追及か、大臣の失言を引き出して攻撃をすることに熱心になってしまう。生き生きした議論など望みようがない。それはやむおえないのだと国会の度にそう感じ、ここに記しているようなことを何度も繰り返し語って来た。

国会が「消化試合」になる本質的理由は?

ではいったい、そうさせているのは何なのかと問い直す時、私は必ずその昔、20代の秘書に成り立ての頃に、自民党の様々な政調の部会に議員の代理で出るのが楽しみだった時のことを思い浮かべるのである。

当時の印象では、国会よりもはるかにいきいきとした議論がそこでは行われており、野党の問題意識と同じようなレベルの質問が次々と取り交わされてもいたし、時として議論が白熱し、官僚が怒鳴り付けられて率直に大変な役目だなと思ったことが何度もあった。しかし、そうしたガス抜きをした上で、何となく部会長によって政策が纏め上げられるのだが、そこで、官僚と自民党との間ですり合わせが充分に行われるので、予算や法案の大半が、国会に提案される前に既に8割の作業は終わってしまうのである。

あとは民主主義のセレモニーとして国会で野党の意見を聞く機会となるのだが、そこでは政府側はまともに議論をするつもりなどさらさらなくて、早く質疑を終わらせる為に言葉の揚げ足をとられないような無難な答弁をして採決にまで持ち込もうとする。いわば国会は消化試合となってしまうのである。

だから官僚は総力を上げて野党から突っ込まれない答弁を作成するために膨大なエネルギーを費やすことになる。国会開会中は霞ヶ関の各省庁の窓の光が深夜になっても灯っているのをよく見るが、国会議員の質問に対応するために、優秀な役人が、半分以上は無駄な作業と待機を強いられているんだとよく先輩秘書から聞かされたものだった。

長年の政と官の関係が国会をつまらなくしている

というわけで、国会の議論はつまらなくてあたりまえ、自民党の秘書をしていた頃は、部会での議論を聞いていると、委員会や調査会の質疑はあまり興味を持てなかったことを思い出すのだ。残念ながら野党の役割の小ささ、無力さに、当時の私は自民党でなければ政治家として意味がないとさえ思ってしまいがちだった。

長年作り上げられて来た、自民党と官僚との関係にこそ、国会が国民の為に丁々発止の論戦の場ではなくなる原因がある。野党がいくら建設的な質問をしても政府の官僚答弁を聞いていると、国民には受けない為に、どうしても分かりやすいスキャンダルや不祥事の追及に力が入ってしまう。むべなるかな。

そういえば民主党政権が出来た時にいくらか国会の議論が変わるのではないかと期待したことがあった。

(下)に続く。

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藤川 晋之助
政策アナリスト、国会議員秘書

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