新型肺炎で差別騒動「ウクライナは中世時代に戻った」?

中国湖北省武漢市で新型コロナウイルスが見つかって11週間が過ぎたが、武漢発肺炎は中国本土ばかりか世界に感染を広げる勢いを見せてきた。

香港、台湾、フィリピン、韓国、日本、イランでは死者が出たほか、北アフリカのエジプト、中東のレバノンで新型肺炎の感染者が見つかるなど、武漢肺炎は世界的大流行(パンデミック)の兆候が出てきた。

ゼレンスキー大統領、新型肺炎から避難してきた人々に罵声を浴びせたウクライナ住民の言動について答える(ウクライナ大統領府公式サイトから、2020年2月21日)

新型肺炎発生直後から中国からの入国者を禁止するなど、厳格な対応をいち早く実施したイタリアはこれまで感染フリー地帯だったが、同国北部の産業都市ミラノ市を抱えるロンバルディア州で21日現在、16人の感染確認者が見つかったばかりだ。接触感染でも飛沫感染でもなく、無接触感染(エアロゾル感染)の可能性が出てきた。国際社会の制裁下にあって、医薬品の不足が深刻なイランでは既に18人が感染し、4人が死亡している。

ところで、ウクライナから20日、新型肺炎に関するニュースが流れてきた。中国から避難してきたウクライナ人(45人)や外国人(27人)が搭乗した飛行機がウクライナに到着し、そこからバス6台で同国中部の人口約8400人の小都市ノビ・サンジャリにある病院(サナトリウム)に運ばれたが、その病院の前では現地のウクライナ住民が「出ていけ」、「新型コロナウイルスをばらまくな」、「下水道を汚染する危険がある」と叫び、通行をボイコットし、タイヤを燃やす一方、バスに向かって投石、バスのガラスが壊されるなど、一時は暴動のような状況を呈した。警察隊が出動し、中国から帰国したウクライナ国民を運ぶバスを守る一方、石を投げ、罵倒する人々を取り押さえ、説得。10人以上が一時、拘束された。

事態の深刻さを知ったウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、「われわれはみんな人間であり、ウクライナ国民だ」と呼びかけ、住民に冷静になるように呼び掛ける一方、アルセン・アバコフ内相は現地に駆け付け、「一時的対応として必要な処置だから、理解してほしい」と説明し、「中国から帰国した彼らは新型コロナウイルスには感染していない。2週間隔離して再チェックするだけだ」と述べ、新型コロナウイルスの汚染を恐れる住民を懸命に説得した。

病院前に集まり、「我々を感染させるのか」と叫んでいる写真が配信されてきた。写真を見る限りでは、中国から避難してきた人々はマスクをつけ、バスの窓から自分たちに向かって叫ぶ住民たちの姿を長旅で疲れた顔を見せながら眺めている。1人の若者は写真を撮っている。

このニュースを読んでいると、たとえは良くないが、中世時代の魔女狩りとオーバーラップした。多分、魔女と疑われた女性を多くの人々が取り囲み、罵声を浴びせ、最後は火あぶりにした、あの魔女狩り風景だ。当方は魔女狩りシーンなど目撃したことがないが、当方の記憶の中で「我々の下水道が汚染される」と叫ぶ住民の姿と奇妙に重なった。

ウクライナ語をウイーン大学で教えている教授が、「わが国は不運だ。ウクライナと言えば、チェルノブイリ原発事故やロシアのクリミア半島併合などを直ぐに思い出し、いい記憶と結び付くことが少ない」と嘆いていたことを思い出す。新型コロナウイルス問題でウクライナ住民が今回示したような行動は他の欧州諸国では見られない。

コメディアン出身のゼレンスキー大統領は武漢から避難した自国民や外国人を罵倒するウクライナ国民の言動について、「ウクライナは欧州だが、昨日は中世時代の欧州のように見えた」(Ukraine is Europe,but yesterday it seemed that we are Europe of the Middle Ages)と答えている。

ウィーンではアジア系の乗客が地下鉄を下車する時、後ろから押されたとか、ベビーカーを運ぶのを手伝おうとした日本人女性に対し、子供に新型コロナウィルスの感染を恐れた母親は素早く「自分でできるから、いいです」と断り、市内の中国レストランを訪れるゲストが減少した、といった話はここにきて頻繁に耳に入る。これらは新型コロナウイルスが発生して以来、欧米諸国で見られるアジア人フォビアだ。

しかし、中国から帰国した自国民に向かって「出ていけ」といった罵声を投げかけたウクライナの住民は、新型コロナウイルスを運ぶと思われるアジア系の人間を恐れているのではなく、新型肺炎のウイルスを恐れ、自分の町や村に拡大することを怖がっているわけだ。

彼らは「アジア人フォビア」ではなく、「ウイルス・フォビア」というべきだろう。幸い、ウクライナでは22日現在、新型肺炎の疑いのある感染者は出ていない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年2月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。