なぜ極右過激テロ事件が増えるのか

独ヘッセン州ハーナウ市内で19日、1人の男(ドイツ人、43歳、トビアス・R)が2カ所のシーシャ・バー(Shisha Bar、水タバコ・バー)や簡易食堂を襲撃、計9人を殺害し、その後、自宅で母親を殺した後、本人は自殺した。この銃乱射テロ事件はドイツ国民に大きな衝撃を投げかけている。

ハーナウ市の銃乱射テロ事件の犯行現場を警備する警察官(2020年2月20日、ドイツ民間放送NTV中継から)

ハーナウ市では23日、多数の市民が「外国人排斥」「憎悪」に抗議するデモを行った。独メディアによると1万人余りの市民が、「われわれはドイツだ。共に助け合って共存すべきだ」と叫び、市民に寛容と連帯を呼び掛けた。同時に、外国人排斥を訴える極右派グループを批判した。

ハーナウの銃乱射事件後、ドイツのメディアは一斉にドイツ国内で極右過激派が増加してきたと警告を発する記事を掲載。ゼ―ホーファー内相は射撃用銃の規制強化をアピールした。

ここまでの動きは極右過激派テロ事件が起きる度に過去、展開されてきた状況と同じだ。銃規制の強化は重要なテーマであり、外国人排斥、反ユダヤ主義の台頭への警鐘は大切だが、極右過激派の蛮行がそれによって減少したとか、具体的に銃規制が強化されたとは聞かない。治安関係者も国民も極右過激テロ事件が発生する度に一定のプロトコールに基づいて抗議し、警告を発している、といった印象を受けるのだ。

43歳のトビアス・Rは大学で経済を学び、銀行に勤務していた。治安関係者は事件前にはRをまったくマークしていなかった。ただ一度、男が憲法擁護庁に書簡を送り、自身の外国人憎悪を主張する書簡を送ったが、擁護庁からは何の返答もなかった。すなわち、ハーナウ極右過激テロ事件のRは治安関係者からはノーマークで、危険な極右過激活動家のカテゴリーには入っていなかったわけだ。

もう少し厳密にいえば、警察当局が極右派とみて監視下にある活動家ではなく、その統計に入らない一匹狼が過激なテロを行ったことになる。だから、治安関係者が極右派活動の監視強化を強めたとしても、過激なテロを防止できるか、といった疑問が出てくる。なぜなら、ハーナウのRや旧東独ザクセン=アンハルト州の都市ハレ(Halle)で昨年10月9日に起きたシナゴーク襲撃事件のテロリストのように、治安関係者の監視対象外の人物が犯行を行うケースが多いからだ(「旧東独でシナゴーグ襲撃事件」2019年10月11日参考)。

ゼーホーファー内相は容疑者が使用した射撃用銃の規制強化を訴えたが、Rはオンラインを通じて2丁の銃を購入している。銃購入の際、精神的心理テストなどは行われていないから、誰でも購入できる。銃の規制問題では、ドイツの状況は、全米ライフル協会(NRA)のロビー活動が強いため実質的な銃の規制が出来ない米国と似ている。

ドイツ射撃協会は、「射撃用の銃を射撃クラブで保管し、個人では保管しないといった提案は実質的ではない」と、内相の提案に既に反対を表明している。あと数週間が経過すれば、ハーナウ銃乱射テロ事件への国民の関心と記憶は薄れ、新たな事件が発生するまで何も変わらない、という状況が出てくるわけだ。

メルケル首相は事件直後、「外国人排斥、憎悪は(社会の)毒だ」と厳しく批判したが、ドイツ社会の本当の毒は外国人排斥・憎悪というより、家庭の崩壊、それに伴う人間の孤独化とさまざまな精神的疾患ではないか。ハーナウの容疑者は明らかに精神的疾患を持っている人間だ。

ハーナウ事件もハレ事件でもそうだ。容疑者は両親の保護のもとにスクスクと成長する家庭環境ではなかった。彼らは家庭でも孤独だったから、インターネットの世界に没頭。ハーナウの容疑者は犯行声明のマニフェストの中で外国人憎悪を大声で叫んでいるが、自身が接触したこともなく、ましてや交流したこともない外国の人々を憎悪するのは、明らかに“作られた憎悪”であって、体験や経験に基づく憎悪ではない。彼らは自身の憎悪、敗北感をぶっつける対象を探し、それが外国人への憎悪となっているだけではないか。

ドイツでは極右派テロ事件が発生する度に、既成の政治家たちは極右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)を批判し、社会の過激化の責任をAfDに負わせるが、ドイツ社会の家庭の崩壊については口を閉じている。それを言い出せば、その批判は自身にも跳ね返ってくるからだ。

政治家も離婚、結婚を繰返し、不倫問題を抱え、夫婦・親子断絶、家庭の崩壊は当たり前のような社会に生きている。家庭の倫理を堂々と言える政治家はドイツでは少なくなったきた。

たとえAfD関係者を規制対象にしても、極右派テロ事件は起きる。銃の規制強化を実施したとしても、潜在的テロリストはどこかで合法的に入手するだろう。対応すべきテーマの設定が間違っているのだ。

ハーナウ市民の銃乱射テロ事件に抗議する写真を見ながら、潜在的なテロリストは、家庭や社会で孤独と閉塞感に悩む人間ではないかと考えざるを得ないのだ。極右グループに所属する人間は活動を通じて一種のガス抜きをしているから、テロなど過激な行動に走るケースは減少する一方、ハーナウのトビアス・Rのように一匹狼の場合、ガス抜きが出来ないため暴発する危険性が出てくるのではないか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年2月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。