世界のラグビー事情:イングランド編

2020年02月26日 06:00

>>>世界のラグビー事情:フランス編はこちら

1995年のワールドカップ大会直前のテレビ・インタビューで、イングランド代表のキャプテン(当時)ウィル・カーリング選手がイングランド・ラグビー協会首脳を評して「57人のおいぼれども(57 Old Farts)」と発言。キャプテン職を剥奪されるという事件がありました。(その後、速やかに再任。)

カーリング選手の発言は、直接にはプロ化の波を無視する首脳陣を批判するものでした。その後、プロ化による激変はラグビー界を席巻しましたが、イングランド協会のトップ構造、カーリング選手が揶揄した「57人」は呆れるほどに変化を拒み続けています。

トゥイッケナムのイングランド・ホームスタジアム(Wikipedia)

その典型は、いまだにケンブリッジ、オックスフォード両大学が常任理事枠をキープしている事実。毎年恒例の両大学対抗戦は、ヴァーシティー・マッチ(Varsity Match)と呼ばれ、1872年からの伝統を誇りますが、近年では形だけ学籍を与えられた選手が大部分を占める即席チームによるエキシビション・マッチになっています。

毎年1試合だけ、トゥイッケナムのイングランド・ホームスタジアム(82,000人収容)を30%ほど埋めるだけのイベントが、どれだけイングランド全体のラグビー普及に貢献しているか、疑義を挟むだけムダな気がしますが、両大学の代表はいまだに協会のトップテーブルに居座り続けているのです。

もし日本協会で、早慶明の代表が80年代の大学ラグビーブームのレガシーとして常任理事枠をキープしているとしたら、大問題になるでしょう。

変化を拒むトップに対して、プロ化の波に直面したイングランド代表チームや、各エリート・クラブは独自の対応を迫られます。

イングランド代表のバラのエンブレム

もともとイングランド協会は「プロ化と勝利至上主義を産む」というご託宣から、1987年まで、トップ・クラブ同士のリーグ戦自体を否定していたという、おそろしい経歴があります。

そうした集団が上部組織ですから、プロ化の波の中でリーグ運営を担った一部リーグ所属のエリート・クラブが主導権をとり、プレミアシップ・ラグビーを会社組織として結成。放映権の販売など、リーグのプロモーションにあたります。

代表チームに関しては、2003ワールドカップ優勝後の戦績低迷をうけて、イングランド協会は、2006年にエリート・ラグビー担当のディレクター・ポジションを設置し、代表経験のあるロブ・アンドリュー元選手を任命しますが、船頭多くしての喩え通り、まとまらない協会首脳の漠然とした意向をうけて代表チーム運営に口を挟むという、その役割の有効性が不明瞭なまま、いたずらにヘッド・コーチをはじめとする代表チームスタッフとの対立だけが目立つ結果となり、2011年にこのポストは廃止になります。

しかし、代表のテスト・マッチのたびに一喜一憂するファンの声にのっかった「協会内の有力者」発言による、代表ヘッド・コーチ批判がメディアをにぎわすという、非建設的な構図が払拭されません。

イングランド協会のおかれた様相は、日本の戦国時代の下克上を思わせます。権威だけをふりかざす上部組織が、抜本的な改革を避けたまま居座り続ける中、実際のリーグ運営とドル箱を握っているプレミアシップのクラブや、代表チームの運営スタッフが顕在・潜在にかかわらず、常に対立する構造です。

イングランドのトップレベルのプロ・クラブとプロ選手たちは、プロ化に先んじたフランス・ラグビーのプレッシャー下にあります。プロ化に成功し、資金潤沢なフランスのプロ・クラブはイングランドの優秀な選手を常に狙っています。

人気選手だった元代表ジョニー・ウィルキンソン(Wikipedia)

イングランドのプレミアシップ・クラブはクラブ経営の健全化のために、チーム人件費総額に原則700万ポンド(約10億円)のサラリーキャップ(特例が多々あり、非常に複雑な計算式になっています)を設けていますが、フランスのプロ・リーグTop14の選手のサラリー・レベルは総じてイングランドのそれより高いのです。

そこで、イングランド協会は国内登録選手のみ(つまり国内リーグでプレーする選手のみ)が代表に選ばれる権利を持つという原則を打ち立て、選手の海外流出を阻止する動きに出ました。

ところが昨年末、プレミアシップのサラセンズが度重なるサラリーキャップ違反でリーグ降格が決定的となる勝ち点減点処分をうけることになり、イングランド代表選手も多くいるサラセンズ所属選手たちの海外クラブへの流出が不可避となると、イングランド協会は代表選出権の規制はあくまでも原則であるという、不安にかられる選手たちにはなんの助けにもならない声明を発表して、競技の統括組織としてのフットワークと決断力の悪さを露呈しています。

さらに今年になり、イングランド協会は、1部プレミアシップに対する2部組織である、チャンピオンシップ・リーグ所属クラブへの補助金(所属12クラブに対して年間800万ポンド:約11億円)を、来シーズンから半額にするという決断を、対象クラブとの十分な相談なく決定し、大批判をくらっています。

イングランドのプレミアシップ・ラグビーは2015年にその放映権契約を更新し、向こう6年間にわたる試合の放映権を推定2.7億ポンド(約382億円)、毎年60億円程度で締結したと報道されていますが、所属クラブの台所事情は火の車。興味のあるかたには、こちらに各クラブの収支の数値を掲載しましたので、ご参照ください。

Guardian紙2018年8月28日記事、The Rugby Paperサイト2019年4月24日記事による。円換算は筆者。

38万人ともいわれる世界有数の競技人口をほこり、ラグビーの母国というプレスティージに甘んじながら、自国のプロ・リーグの発展に明確な指針を打ち出せず、エリート選手たちへのケアや彼らのキャリア構築に無頓着。外部メディアへの情報発信に規律がみられず、リーク報道に対して後手後手の対応に回ることに終始し、いつまでたってもガナバンスとマネジメントの境界線があいまいなイングランド協会は、組織とその構成人員の経年劣化がそろそろ限界に達しているといえるでしょう。

一説によれば、「全会一致」か「会長一任」でしかことが決まらないと言われている日本協会には、ぜひ他山の石としてほしい反面教師であることは間違いないようです。

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矢澤 豊
英国法廷弁護士 コンサルタント

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