「人材」と「人財」:「材」はそんなに悪い言葉か?

2020年03月16日 06:00

「人材」という言葉は人をモノのように扱っているような印象を与えることから、経営者の中には「人財」という言葉を好んで用いる人が少なくない。経営書や経営雑誌でも「人材から人財へ」のようなテーマのコラムを見かけることもある。

写真AC

おそらく、財=財産=貴重な存在という連想なのであろうが、一つ気になることがある。「材」という言葉はそんなに悪い言葉なのであろうか。

「財」とは「貝に才」なのであるから、経済的価値、貨幣的価値をおそらく意味するのであろう。一方、「材」は「木に才」だから、自然的な素材のもつ価値ということだろう。衣食住は、いずれも自然的価値を有する「材」の消費によって成り立っている。どちらの方が「人」の後に続く言葉としてふさわしいか。

人材という言葉に人をモノのように扱っている、という懸念を持つならば、人財という言葉には人をカネのように扱っている、という懸念を持たなければならない。

一方、「財」という言葉に掛替えのなさを見出すのであれば、「材」という言葉にも同様の掛替えのなさを見出してもらいたい。

公共契約に係る法制を研究していると、「土木」という言葉をよく見かける。公共工事の中心は建設であり、建設は大きく建築と土木に分かれる。

私はこの土木という言葉が好きである。人間の生活を支えるものは当然衣食住であるが、公共的な観点からは土木が大きな役割を果たす。いわゆるインフラ整備は、今では様々な人工的な材料が用いられるが歴史的には「土」と「木」だった。社会の重要な基盤がこうした自然の素材によって支えられてきたことはもっと強調されてよいだろう。

もちろん、人を木のように扱えとは思わない。しかし、土や木が私たちの生活のみならず、世の中を支える重要な公共的役割を果たしてきたことを考えるならば、「人材」という言葉にもまだまだ魅力があるのではないか、と思うのである。

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楠 茂樹
上智大学法学部国際関係法学科教授

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