新型肺炎報道と「フェイク」情報

欧州は新型コロナウイルス(covid-19)の感染の震源地となった。イタリア、スペイン、フランスでも感染確認者が急増し、新型肺炎対策では遅れを取ってきたドイツでも16日から対オーストリア、スイス、フランス、デンマークなどの国境を閉鎖する一方、食糧など国民の日常用品を扱うスーパー、薬局、ドラッグストア、動物の餌などを扱う店などを除いて全店舗を閉鎖するなど、対策に乗り出してきた。欧州を含む世界の感染者総数は16日午前現在、新型肺炎の発生地・中国本土のそれを上回ったばかりだ。

新型肺炎から回復した患者とその家族を見送る医者(2020年2月23日、新華社公式サイトから)

オーストリア政府は13日から連日、クルツ首相、アンショ―バー保健相、ネーハマー内相を中心とした緊急会議を重ね、記者会見で国民に向かって対策内容を報告してきた。新型コロナウイルスの感染者集団(クラスター)があったチロル州のスキーリゾート地域を封鎖し、17日からスーパー、薬局などを除く全店舗(レストランや喫茶店など)を閉鎖し、若者が集まるスポーツ場や遊技場も閉鎖される。警察官が定期的にパトロールし、注意を無視すれば、3600ユーロ(約42万5000円)の罰金を処するという。

興味深い点は、記者会見ではネーハマー内相は、「新型肺炎ではソーシャルネットワーク(SNS)で国民を扇動するニュースが流されている。国民は冷静になって、それらのフェイクニュースに対応すべきだ」と繰り返し、警告を発していたことだ。

実際、SNSで「スーパーや店舗から商品が無くなる」といったニュースが流された結果、13日、ウィーン市内の多くのスーパーマーケットは、ミルク、パン、ライス、トイレットペーパーなどを買い漁る人々で溢れた。当方は近くのスーパーに出かけたが、棚から卵や麺類、トイレットペーパーなどが空になっていたのでビックリした。

クルツ首相は、「スーパーには十分商品がある。その供給先も大丈夫だ」と強調し、日常消費財の買い占めは止めるように警告を発する一方、国防省は予備役を動員し、スーパーへの商品の搬送を迅速にするため、現場で支援する動員令を出している。ちなみに、オーストリア通信は、フェイクニュースを意図的に流した2人が15日、逮捕されたと報じていた。

新型肺炎が報道されてから様々な憶測記事が流れる一方、不安に駆られる人々を煽るフェイクニュースがあったことは事実だ。オーストリア政府は16日、「今後、政府が主催する記者会見には国営放送、ラジオ関係者しか参加できない」と、報道管制に乗り出している。

新型肺炎治療薬のワクチン開発で大きな前進をしたドイツのバイオテク企業 Cure Vac社をトランプ米大統領が米国民のために買い取る、という報道が流れた。同社は夢の新薬といわれる「mRNA医薬」(伝令リボ核酸)の開発パイオニアで、がん治療やコロナウィルスなどの治療に期待されている遺伝子治療薬メーカーとしてで有名だ。

トランプ氏が、「ドイツ企業買収は米国民の新型肺炎治療薬開発に奉仕するためだ」と、ここでも“米国ファースト”を表明したと報じられると、メルケル政権はショックを受けたという。「ヴェルト日曜版」電子版は15日、Cure Vac社に米国の買収話の真偽を聞いている。同社は米国による買収情報を否定したということから、事態は沈静化してきた。

ドイツで新型肺炎感染者が急増している時だけに、ドイツのバイオテク社の米国買収ニュースは米国とドイツ両国関係を険悪化させる危険性すらあった。ウィーンのウイルス専門家はドイツ企業の米国買収話に言及し、「ワクチン開発には莫大な資金が必要だ」と述べ、製薬会社にとっても巨額資金の提供を受けた場合、それに応じる可能性は十分考えられると解説していたのが印象的だった。

新型コロナウイルスでは、その発生地報道で既に様々な憶測ニュース、フェイクニュースが流されてきた。「武漢肺炎」という呼び方を嫌う中国は「米CIAがウイルスを流した」というフェイクニュースを流し対抗。その一方、習近平国家主席は新型肺炎対策で陣頭指揮を執っているというニュースを頻繁に流してきた。ここにきて新型肺炎も次第に終息に向かっているという楽観的な情報を流し、新型肺炎感染者が治癒され、病院から退院するシーンを国営メディアを通じて大きく報道させるなど、情報操作を活発化している。

様々な情報が乱発されると、事の真相が分からなくなるものだ、その最大の恩恵を受けるのは中国共産党政権だろう。都合の悪い出来事の場合、「事件の核心」がどこにあるのかをぼかし、時間の経過と共に曖昧にする情報工作は中国側の常套手段だ。

感染が広がる欧州では、トップダウンで新型肺炎の撲滅を目指す中国側の対応を称賛する声がメディアで流れ出した。民主国家の欧州とは国体の違いがあることを認めたうえで、「中国はトップダウン式新型肺炎対策で成果を挙げている」と評価しているわけだ。

今回のように新型コロナウイルスの感染の場合、国が指導力を発揮し、時には国民が嫌う自由の制限に乗り出す事態も避けられない。その意味で、中国型トップダウンは利点もあるが、同時に、そのトップダウンを駆使する中国で新型コロナウイルスが発生し、世界で6000人以上の死者が出ているという事実を見落としてはならない。新型コロナウイルス騒動は中国から始まったのだ。

中国共産党政権は新型肺炎では新型コロナの発生源を解明し、世界に向かって説明する責任がある。その後、新型肺炎対策で得たノウハウ、データなどを世界に提供すべきだ。いずれにしても、武漢発の新型コロナウイルスだけではなく、中国発のフェイクニュースにも警戒しなければならない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年3月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。