令和元年改正会社法における「補償契約」を会計監査人に適用することの違和感

某会計雑誌の「会社法改正特集」を読んでいるときに、ふと思ったのですが、このたびの会社法改正には「補償契約制度」が新設されており(会社法430条の2)、たとえば粉飾決算によって会計監査人が第三者から「監査見逃し責任」を追及された場合(会社法、金商法等を根拠として)、会計監査人が負担する賠償金とか弁護士費用を会社が負担することも、会社との補償契約締結によって可能になります(ただし上場会社の場合には、契約締結にあたり取締役会の承認決議が必要です)。

「健全なリスクテイク」を会社法制度の面からも支えよう、ということで「補償契約制度」が設けられたわけでして、取締役や監査役の防御費用、対第三者損害賠償(損失)を会社が負担することについては理解できます。しかし、会計監査人と会社との関係で補償契約を締結する積極的な趣旨はどこにあるのでしょうか。すくなくとも「健全なリスクテイク」とは関係なさそうです(いくらリスクをとれ、といっても、監査の失敗まで奨励できないはず)。

会社と会計監査人は委任に関する規定に従う、ということなので(会社法330条)、これまでも民法の規律によって会計監査人に必要な費用を会社に請求できることになりますが(民法649条、同650条)、この必要な費用の範囲が明確でなかったので、これを明確にする趣旨である、ということになるのでしょうか(そもそも、これまで監査見逃し責任が問われた事例において、監査法人の訴訟遂行費用や賠償金を会社が代わりに支払った、という例などあるのでしょうか?)

しかし、会計監査人には職務の独立性が求められるわけであり、いくら会社との関係が「委任契約」に基づくものであったとしても、実質的には株主、投資家、会社債権者(たとえば金融機関)のために監査業務を行う立場にあります。会計監査人の負担する賠償金や弁護士費用まで会社が支払ってくれる、ということになりますと、補償契約を締結していない会社の監査には厳格だが、締結している会社には甘くなる、ということになりませんかね?補償契約やD&O保険の会社法規律に会計監査人が含まれることに、やや違和感をおぼえるところです。

少なくとも「外からみたら利益相反状況にある」ということで、このあたり、会社法監査を担当される監査法人さんは、補償契約は(職務倫理上)一切締結しない、といった申し合わせとかあるのでしょうか?

仮に会計監査人も補償契約を締結する場合、通説では「補償契約を締結していても、個別の事情によって補償しない、という判断は可能」と言われています。また、モラルハザードに陥らないように、「通常要すべき費用」の解釈や実際の支払の可否は健全性を担保するための措置(たとえば監査役会の判断)によって支払いを拒否する運用になると思いますので、会社としても難しい判断が迫られそうです。

会計監査上の「二重責任の原則」(財務諸表の作成に関する責任は経営者にあり、監査意見に関する責任は監査人にあるという責任分担原則)といったことは、そもそも会社法改正の際に検討されていたのでしょうかね?実務上の混乱が生じないように、令和元年改正会社法が施行されるまでに、このあたりの法的な整理が必要だと思います。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年3月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。