香川県ネット・ゲーム依存症対策条例の大問題

2020年03月19日 16:00

昨日2020年3月18日 香川県のネットゲーム依存症対策条例が可決されたことで、ネット界隈では反対の声の大合唱がおきていますが、私としてもこの条例はまずい!という思いがあり、あくまでも私見ですが書きたいと思います。

いらすとや

まず多くの反対意見に寄せられているように、ネット・ゲーム依存はまだ研究が始まったばかりで、因果関係も明らかにならないまま、時間制限だけを設けるのはいかがなものか?というもの。
まぁ、確かにそうですよね。

例えば、時間が問題なのか?それとも内容が問題なのか?すらまだわからないですし、はまる人、はまらない人に何か特徴があるのか?それとも誰でもなるのか?その辺も定かではないわけです。

また、ひきこもりの方とゲーム依存もよく結びつけられますけど、ゲームのやり過ぎでひきこもったのか?
それとも学校で人間関係の問題がありひきこもり、その結果暇な時間ゲームをやっているだけなのか?
結果だけ見れば症状は似ていますけど、原因も解決策も全然違いますよね。

一方、昨日のハフポストに掲載された、久里浜病院の樋口先生のご意見に、家庭で親が子どもをコントロールをするのは難しく、行政がある程度の目安を示すべきだというご意見もわかります。

ネット・ゲーム依存症対策条例、香川県で可決「ゲームは1日60分」行政が決める必要はあるか、専門家に聞いた(ハフポスト)

つまりカジノの入場制限などはこういった考えの基で作られたわけですよね。
それに効果があるかどうか日本での取り組みの結果はまだわかりませんが、ノルウェーではスロットにはまる人が急増したので、2009年からこれを国営化に切り替えていき、1日、1カ月に使える金額上限を定め、さらには1時間に1回休憩を必ず入れる機会を導入したところ、ギャンブル依存が激減したというデータもあります。

つまり現在は、「因果関係わからない説」VS「なんらかの規制が必要説」で議論が白熱しているわけですが、私は、香川県の素案を読んで、何よりもこれは大問題だ!と思うものがあります。

香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(素案)全文

それはまずこの素案の前文に現れています。

親子の信頼関係が形成される乳幼児期のみならず、子ども時代が愛情豊かに見守られることで、愛着が安定し、子どもの安心感や自己肯定感を高めることが重要であるとともに、社会全体で子どもがその成長段階において何事にも積極的にチャレンジし、活動の範囲を広げていけるようにネット・ゲーム依存症対策に取り組んでいかなければならない。

こういう昭和の時代の道徳の教科書のような考え方ですね。
こういう事書いちゃう人がこの法案を作ったとすると、これは香川県では相当まずい方向へ、
ゲーム依存の対策が進んでしまうのではないだろうかと懸念します。

この問題部分がなぜ危険かを依存症にかかわるものとして解説しますと、依存症に愛着理論を持ち出す人が必ず居ますが、私が感じているのは依存症になった人の家庭の状況など千差万別。
確かに過酷な状況にあった家庭の子どもであった人もいますが、このくらいまぁ普通では?と思う人もいます。

そもそも「子どもに愛情を注ぐ」という行為が実にあいまいで、例えば「いい学校に入れ!」とばかりに、お受験に必死になるのが愛情だと思う人もいれば、放任主義こそ愛情だと思う人もいて、しかもその受取り手である子どもの心の状態というのも様々なわけですよ。

しかもじゃあ親が居ない子や、親に問題がある子は自己肯定感が高められないの?ってことになりますよね。
この法案、サザエさんのようなおうちの子どもだけを想定して作っているのではないでしょうか?

そもそも自己肯定感というのは、確かに自分一人で高められるものではないと思いますが、だからといって親によってだけ高められるものでもなく、様々な人間とかかわっていく上で、失敗し傷つき、滑ったり転んだりしながら、少しずつ築き上げていくものだと思うんですね。

さらにですね、「社会全体で子どもがその成長段階において何事にも積極的にチャレンジし、活動の範囲を広げていけるように」とありますが、子ども時代に引っ込み思案で、対人恐怖症でなんでもチャレンジできる性格ではなかった人なんていくらでもいるじゃないですか。

こういうかつての森田健作青春ドラマのように「若い頃は一度しかない!なんでもチャレンジしろ!」みたいな全体主義こそ、そこから落ちこぼれてしまう子ども達にプレッシャーを与え、現実がつらすぎてゲームにひきこもるしかなくなっているということが、まるでわかっていないんじゃないでしょうか?

人間はありのまま、そのままでOKということが重要で、キラキラと体育会系の人も居ていいし、消極的で怖がりな人が居てもいい。
「動=善」「静=悪」みたいな構図こそなくさなくてはならないと思います。

そして全文で悪い予感がしてましたが、その予感が的中してしまう最悪の最悪は第6条です。

(保護者の責務)
第6条 保護者は、子どもをネット・ゲーム依存症から守る第一義的責任を有することを自覚しなければならない。
2 保護者は、乳幼児期から、子どもと向き合う時間を大切にし、子どもの安心感を守り、安定した愛着を育むとともに、学校等と連携して、子どもがネット・ゲーム依存症にならないよう努めなければならない。

ひぇ~~~~~~~~~~!!!!!!
これじゃあ、依存症になるのが親の責任のようじゃないですか!!!!!
これまで、長い間かけて私たち依存症界が、「依存症は親の育て方などではない。誰にでもなり得る病気だ!」と広報してきて、やっと少し啓発が進み、理解されてきたというのに、この第6条はその啓発を木っ端みじんにしてくれています。

大体、じゃあゲーム依存にしないために親はどう育てたらいいんですか?
それわかってる人がいるんですか?
前述したように愛情の注ぎ方には様々な形があるし、逆に親が愛情過多で過干渉になり、メンタルに支障を来す場合なんていくらでもあるじゃないですか。
依存症は道徳の問題ではなく科学の問題「病気」なんですよ!

途方に暮れている親をさらに追い詰めるような法律作ってどうするんですか!
何か、解決するんですか?

こういう非科学的な愛情論で法律を作ってはいかんです!
香川県では可決されてしまいましたが、是非とも見直しをお願いしたいのと、この条例を見本に、全国に広まることなど絶対にないよう願っています。

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田中 紀子
公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」代表

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