維新の電撃参戦!衆院選・都知事選の前哨戦と化した目黒区長選

新田 哲史

東京維新の会は24日、目黒区長選(4月12日告示、同19日投開票)に区内で診療所を経営する医師の田渕正文氏を公認候補者として発表した。医師らしく現下の新型コロナウイルスへの感染対策を目玉に訴えるようだ。維新が東京23区長選で、独自候補を擁立するのは初めてというのがニュースだろう。

通例の区長選と異なる構図

目黒区長選は東京ローカル選挙なので、都民であっても一般的には目黒区外の人には無関係に思われそうだ。しかし、実は筆者が前回の記事の締めくくりで「東京ローカルの政局ではすでに水面下で「前哨戦」を思わせる興味深い動き」と書いたのは、まさにこの目黒区長選に向けた維新の動きだった。

ローカル選挙といえども、政治のプロからみれば、今回の目黒区長選は、夏の都知事選、さらには次期衆院選の趨勢を占う上で決して侮ることのできない。というのも、この選挙は通例の首長選の構図と異なり、党勢が如実に反映されそうだからだ。

現職が安定している場合の区長選は、国政では対立している自公と旧民主系が相乗りして現職を推して普通に圧勝ということも珍しくない。

ところが今回の区長選は、ここまで4期の現職、青木英二氏を巡って「多選」や「区政の私物化」が批判されたことを機に一悶着があった。私物化批判は、昨年4月の区議選で、青木氏の息子が初当選したことで噴出。前回、区長を推薦した自民党が批判色を強め、対抗馬擁立を模索も一部で報じられるほど険悪なムードになった。

一方、立憲民主党や共産党などの左派野党は早くから対立候補を準備。2月に入り、昨年の区議選でトップ当選した立憲民主党の山本ひろこ氏の擁立を発表した。彼女はアゴラ執筆陣の1人なのでご存知の読者もいるだろう。

青木氏(左)と山本氏=公式サイトより

「一騎討ち」の構図に維新が割り込み

山本氏は区議選では歴代最多の得票を得て、批判の声が強まる現職に挑むという事実上の一騎討ちの構図に思われた。ところが彼女には気の毒なことに、驚くべき展開が待っていたのは、まさに今回の維新の独自候補擁立だった。

維新は長らく首都圏では苦戦が続き、東京ローカル選挙では、都議選で過去2回続けて惨敗。区長選でとても独自候補を出せる力はなかった。

これが一転したのは近年。東京維新の会でベテランの選挙参謀が参画するなど選挙体制を強化し、昨年の都内区議選では19人を擁立して14人が当選するなど足場を固めると、参院選東京選挙区で音喜多くんが初当選。橋下時代を含めても同党が参議院の首都圏選挙区で初めて議席奪取に成功したことで、今度は都内の首長選に単独チャレンジするだけの勢いはつけてきたわけだ。

とはいえ、大阪では無敵の維新も東京の地盤が脆弱であることに変わりはない。参院選東京の目黒区内の得票をみると、音喜多君は当選圏内とはいえ12,561票と5番手。これに対し、立憲民主党の塩村あやか氏は2番手の17,292票だったから相応の開きがある。現職区長を推すであろう自民党(丸川珠代氏、武見敬三氏)と公明党(山口那津男氏)は合わせて48,870票もあるわけだから、その半分が区長に入れるだけでも、数字の上では維新、立憲を上回ってしまう。

目黒区役所(Wikipedia)

維新参戦の背景を勝手に読み解く

傍目に見ると「無謀」に思える維新の参戦だが、これは今後の大型選挙(都知事選、都議選、衆院選)もにらんだ深謀遠慮があると思われる。それは端的にいえば、東京の野党のチャンピオンである立憲の勢いを削ぎ、旧みんなの党や都民ファーストといった第3極支持層へのアピール、さらには自民党支持層の中でも都市型志向の人たちの切り崩しを図る意味があろう。

もし、今回の区長選で維新が参戦していなかったら、スキャンダラスな批判がつきまとうベテランの青木区長と、区議選でトップ当選し勢いのある美魔女区議の山本氏との「一騎討ち」になるはずだった。こうなると非常にわかりやすい新旧対決の構図となっていたはずで、現職に対する批判票や無党派層はかなりの割合で山本氏に入れて、ひょっとすると山本氏が勝つ可能性もあり得ないわけではなかったはずだ。

そうなると、立憲系の候補者が区長選で自公系候補に勝利するのは2018年の中野区長選に続き2例目となる。野党第一党が首長を取ると、ローカルレベルでの政治的インパクトは小さくない。

維新の真の敵?は「美女の陰に潜む立憲の野獣」

手塚氏(衆議院サイトより)

それは単に党勢の競い合いというだけではない。この目黒区は、立憲の衆議院議員、手塚仁雄氏の地盤(東京5区で比例復活)という点に目を向けるべきだろう。

手塚氏は選挙区外の一般国民にはほとんど知られていない地味なオッサンだが、政界では区内に住む蓮舫氏の盟友として知られる。旧民主系議員にしては珍しく、地元に強固な支援組織を構築し、水面下の根回しごとを得意とする、自民党の内田茂元都議のような党人派フィクサーキャラだ。

手塚氏は、蓮舫氏や塩村氏の選挙でも重要な役回りを演じ、今回の山本氏の区長選擁立も主導している。週刊誌的な寸評でいうと「美女の陰に潜む野獣」ともいうべき隠然たる力を持つ。もし山本氏が区長選で勝てば、目黒は完全に手塚氏の「牙城」と化してしまうわけで、維新からすると今後の選挙戦を考えた時、簡単には譲れないところだろう。

どちらにせよ、大型選挙の前哨戦、国政の代理戦争の構図が強くなったが、平成以降、ほとんど投票率が20%台に沈んできた区長選の関心は多少高まるだろうか。

近隣の港区に住む私は「陣取り合戦」の成り行きを政局視点で見つめてしまうところだが、当事者の目黒区民にとっては切実な問題だ。なにかと批判される区長の実績を含め、各候補者ともまずは区民、区政を最優先に建設的な政策論議が行われることを望みたい。