オリンピック代表の再選出は「公正」か?

2020年03月28日 11:30

オリンピックの延期が決まった。来年ということではあるが、来年のいつかはわからない。これから調整が大変だろう。ただ、ある程度は関係各所への根回しが済んでいるのかもしれない。だからこそ、少し前まで不自然なくらいに関係者が揃って「予定通り開催の方向」といっていたのが、「1年の延期もやむなし」に揃っていうようになった、ともいえそうだ。

「決定するなら全員で」という「責任の分散」のマインドの現れであるようにみえるが、そのために決定が遅れ、コロナ対応で取り返しのつかない損失が出るのであれば目も当てられない。さてその辺の事情はどうなのだろうか。

新国立競技場(Wikipedia:編集部)

2020年東京大会の出場選手は、相当程度決まっている。コロナ禍でその選考過程がストップしてしまった競技もあるが、既に決まった選手はどう扱われるのであろうか。これは難しい問題である。

個人的な心情としては、試練を乗り越えて勝ち取ったチャンスをそのままにしてあげたいという気持ちが強いが、しかし2、3ヶ月の延期ならともかく1年(もしかしたら2022年開催もあり得るかもしれない)延期となれば、その時々に優れた結果を出す選手も変わってくるのではないか、ともいえ、もう一度選考をし直すという意見にも理がありそうだ。

日本オリンピック委員会の山下泰裕会長は「(延期の)期間が長くなると、選手たちは選考をもう1回やり直し、なんてことも出てくるかもしれない」と発言している(FNN PRIME2020年3月24日「“五輪延期”なら再選考? アスリートに動揺広がる」)。

現在のところ、マラソンに関しては、現時点での代表を、延期されたオリンピックでも代表とする方針のようだ(読売新聞2020年3月25日記事「マラソン五輪代表、再選考しない方針…瀬古氏」)。

代表の選出は、決まったルールの下でなされた競争の結果として決定される。陸上競技ならば、100メートル走のように一発型もあれば、マラソンのように複数回のチャンスが与えられるものもある。日本では、過去には、実績のある選手を直近の成績を無視して選出し物議を醸したケースもあったが、今では比較的クリアな基準で納得のいく選考がなされているといえよう。しかし「延期」は当然のことだが、「想定外」だった。

想定外だが、現実に延期が決まった以上、何らかの決断が必要である。今はまだ、どこまで延期するのかが決まっていない段階なので、この問題を先送りできるが、直前になって決めるのは混乱を招くだけである。

仮に東京オリンピックが中止になって、次回のオリンピックが2024年開催(フランス・パリ)になるとしよう。その場合、東京オリンピックの代表選手はパリのオリンピックの選手ではないのだから、そのための新規の代表選出手続があることについてさすがに異論はあるまい。

2年後の東京オリンピック開催ならば、どうか。2年半前の選出手続をそのまま有効と見るのはどのような競技であっても難しいという意見が強いだろう。同じオリンピックだとしても時間があきすぎている。2年間といったら世界陸上ならもう、次の大会だ。

難しいのは1年後である。代表はオリンピック開催前の3ヶ月から1年のスパンで選出されることが多い(陸上の100M走はもっと直前だ)。つまり、1年後(例えば2021年7月開幕)になるのが今年7月に決まるとして、そこからまだ1年間あるのだから、新規の代表選手は可能ではありそうだ。しかし、異論も強いだろう。

延期云々の議論のときに頻繁に出てきた「アスリート・ファースト」の発想は、ここでは意味をなさない。アスリート間における選出に係る問題だからだ。チームスポーツなのか、個人競技なのか、の問題もあるだろう。前者ならば国としての代表枠とその中での代表選手の問題があるが、国別でもう一回やり直すのはタイミング的に現実的ではない(国別の場合、選手別ほどパフォーマンスのブレがないともいえる。これも競技によるだろうが)。

どのような選択をするにせよ、競争的な選出という手続の公正さに疑義が出るのは避けがたい。新規の手続を主張する者は、その時々の最高のパフォーマスを出せるアスリートを優先すべきというだろう。既に決まった代表を引き続き代表とすべき、と主張する者は、同じオリンピックであるのだから一度決めたことを覆すのは公平ではないというだろう。命懸けで戦ってきた選手をレスペクトせよ、というかもしれない。

確かに代表選手の選出は、最高のパフォーマンスを出すことが期待できる順番でなされる。それを直近のレースや競技によって評価される。それが「公正な基準」と考えられている。しかし、今問われているのは、「それをキャンセルすることの「公正な基準」とは何か」である。別の要素が加わっているのである。

問題の根本は、そういった事態を事前に想定し、特殊な場面における代表選手のルールを予め決めなかったことにある。それを事前に決めておくことは、おそらくコンセンサスがとりやすかっただろう。何故ならば、その時点では誰が代表になるかがわからないので、誰もが「第三者的」な立場にいることができたからである。事後的には調整ができない問題であっても、事前にはコンセンサスを得ることが容易だった。

いろいろ考え方はあろうが、いったんルールを決めてしまえば、それに従うのが「公正だ」と納得させやすい。しかし利害関係が生じた後のルール作りは実質的には「利害の調整」ということになり、「公正さ」を維持するのが難しい。

現在のところ延期は1年(程度)ということのようだが、仮にそれ以上伸びる場合には、どうするのか、将来のことも見据え、今の段階でアクシデント発生時のルール(方針)を考えておくべきではないだろうか。

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楠 茂樹
上智大学法学部国際関係法学科教授

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