東京五輪の1年延期だと中止の恐れも

中村 仁

医学的根拠を欠いた決定

東京五輪を来年7月23日に開催することで国際リンピック委員会(IOC)と日本側が合意しました。新型コロナ拡散が終息していない可能性のあるリスクの高い決定です。来年の今ころ「やはり無理」となれば、もう中止しかありません。政治的な動機が優先され、医学的根拠が不明の時期確定は拙速だったと思います。

今夏開催の延期は正しくても、来夏という時期の決定はリスクが大きい。3年後は次のパリ五輪の前年となりますから現実的でない。ぜひとも開催したいというなら、2年後、つまり2022年の春か秋にしておけば、コロナ禍に影響されずに開催できるはずだったのにと思います。

バッハ会長(Mike Bloomberg/flickr:編集部)

不思議なことがあります。IOCのバッハ会長(ドイツ出身)は3月13日「今夏の開催を延期するか、中止するかの判断は世界保健機構(WHO)の勧告に従う。WHOの専門家と定期的に協議している」と、語りました。今回の決定について、WHOの勧告か助言があったとは、報道されていません。

WHOのテドロス会長は習近平政権の言いなりとされ、そのWHOの影響を受けるのは、どうなのだろうかとは思いました。もっとも感染病の専門家の意見を聞く必要がありますから、WHOでもまあいいでしょう。不思議だというのは、今回の決定に際し、WHOがどのような見解を伝えたのか不明なことです。

記者会見でも、日本の記者が質問したという報道も目にしていません。想像するに、WHOは「コロナ拡散の終息時期を明らかにできる状況ではない」とかIOCに伝えたのでしょう。それはそうでしょう。感染者は急増し、世界全体で70万人、死者3万人(3月末)という段階で終息の時期を予想することは不可能です。米国だけでも、10万か24万人の死者がでるとの予想がり、先はまったく読めない。

せめて「来年夏には終息が期待できる」とかのWHOの示唆があればともかく、それもない。バッハ会長は「この前例のない挑戦を乗り越えることができると確信している」とコメントしました。あるのは「挑戦を乗り越えられる確信」で、安倍首相も似たようなことを述べています。

恐らくIOCも日本の五輪組織委員会も「来年夏が無理なら、それはそれとして、再延期するか、もう中止にするか、その時に考えよう」という漠然とした思いだったのでしょう。

漠然とした思いで決めるなら、2年後の開催にしておけばよかった。放映するテレビ局の都合、選手の準備、ボランティアの引き留め、競技会場の確保とか、難しい事情が絡み合った末の決定でしょう。いろいろあるにせよ、「1年後より2年後」のほうがリスクが少ないのですから、そうすべきでした。

安倍首相とバッハ会長の「思惑」一致?

ではなぜ、このようなリスクの高い決定をしたのか。「バッハ会長の任期(8年)が来年で切れてしまう」「安倍首相の総裁任期も来年9月で切れてしまう」「自分の任期中に開催しよう。1年の延期なら間に合う。そこで両者の思惑が一致した」とかが、大きなウエイトを占めた。そうかもしれません。

昨年7月の1年前セレモニーでバッハ会長と談笑する安倍首相(官邸サイト)

「1年延期を両者が決めた科学的、医学的根拠が示されていない」と、批判している感染症専門医がおりました。7月開催23日の開催決定について、少なくともWHOの見解を添えるべきでした。バッハ氏や安倍首相がWHOや感染症医療の専門家以上の医学的知識を持っているとは思えません。

世界陸上競技大会、国際水泳選手権は22年に開催を延期することを決めました。彼らは、ほっとしていることでしょう。予定通り21年の開催だったら、彼らのほうが延期ないし中止に追い込まれていたかもしれないのです。世界陸連、国際水連は賢明でした。

組織委員会の高橋治之理事(元電通専務)が「コロナ次第だからね。1年延期はとりあえずのことで、様子を見て、また変更があるのではないか」と、スポーツ紙に語りました(3/30)。また延期ともなれば、批判がたかまり、中止に追い込まれるでしょう。

「いっそのこと、東京五輪を4年先に延期し、24年開催が決まっているパリ五輪を玉突き式に4年後に延期する」との案も聞かれます。そうすると、IOCの収入、五輪をドル箱とする米テレビ局のCM収入が激減するし、五輪を目標にして励んでいる選手の落胆を誘うでしょう。リスクの少ない案として、2年後(22年)、それも猛暑を避けた秋(10月)の開催にすべきだったと思います。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2020年4月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。