伝染病の流行は世界史をどう変えてきたか

2020年04月03日 06:00

新型コロナウイルスのパンデミックは、あらためて、伝染病の流行が世界史を変えるほどの大事件だったことを人々に思い起こさせた。古代ギリシャではアテナイ最高の政治家であったペリクレスを破滅させたし、14世紀におけるペストの流行はルネサンスの原因となり、20世紀のスペイン風邪は第1次世界大戦を終わらせた。近年ではHIVの流行が人々のセックスに関する価値観に大きな影響を与えた。

このあたりで、いちど、その歴史を振り返ってみよう。

中国発で北イタリアを襲ったペスト

中世の黒死病患者を描いた絵画(Wikipedia)

世界史上最大のパンデミック(世界的流行)は、14世紀におけるペストの流行だ。ペストはモンゴル軍の侵攻で東西交易が盛んになることで、クマネズミに寄生するノミを宿主として西ヨーロッパに拡がった。1億人ほどの人口だった西ヨーロッパで1348~53年のあいだに2000~3000万人が死んだ。

人々はユダヤ人の仕業と言って大規模な迫害が行われた。英仏百年戦争は、100年間ずっと続いたのでなく、フランス王フィリップ4世の外孫である英国王エドワード3世のフランス王要求ではじまったのち、イギリス側優位の戦況となったもののペストで沈静化。エドワード3世の孫のヘンリー5世がフランス王女と結婚したことで再開されたので100年かかったのである。

中国発でイタリア北部が最悪だったという点で新型コロナに似ている。ベネチアで感染が疑われる地域からの船を30~40日停留させる検疫制度が考案されるということもあった。

また、人口減のために農民が不足して地主に対して立場が強くなり、自作農が多くなって15世紀にルネサンスを生む社会的背景となった。モンゴルに打ち破られ、彼らが持ち込んだペストで打ちのめされたイタリアは、その地獄のなかから黄金のクアトロチェント(1400年代、15世紀)にルネサンスの花を開かせた。そして、それがヨーロッパ文明による世界征服の契機となった。

アメリカ大陸発見と疫病の相互蔓延

さかのぼると、ペロポネソス戦争の紀元前429年、「アテナイのペスト」(天然痘、チフス等諸説あり)が流行しアテナイの大政治家ペリクレスも死亡した。海軍力をたのんで籠城戦術をとったのが裏目に出てアテナイの没落のきっかけになった。

ローマ帝国では165年~180年にかけて「アントニヌス帝のペスト」が流行し、五賢帝の時代が終わるきっかけになったし、

東ローマ帝国の541年~542年には「ユスティニアヌスの斑点」によって東西ローマ帝国の統一と再建をめざしたユスティニアヌス帝の足を引っ張った。

アメリカ大陸の発見は、旧大陸に梅毒、新大陸にインフルエンザや天然痘をもたらした。イタリアからフランスにはシャルル8世の遠征軍がもたらしたし、日本にもすぐにやってきて多くの戦国武将が罹患した。

1918年~1919年のスペインかぜはインフルエンザで、5億人が感染し、死者は5000万人~1億人という。アメリカで広まっていたのが、アメリカ軍の参戦とともに欧州全域に拡がった。士気を維持するため、報道を規制したこともまずかった。しかし、このスペイン風邪の流行が第1次世界大戦に対する厭戦気分を増して終息の原因ともなった。

第1次大戦末期、スペインかぜの患者であふれる米軍の野戦病院(Wikipedia)

いずれにせよ、パンデミックはすべての国家や民族にとって災難だが、世界の歴史をみれば、それは、常に逆転のチャンスにもなる。その意味で日本にとっても、どれだけ、災いを福と成すことができるかの正念場とも云えるのである。

 

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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