社内抗争が不祥事を生む-経営者必読の第三者委員会報告書

新型コロナウイルスの対応に世間の関心が向いていて、ほとんど記事にもなっていませんが、4月2日、上場会社の経営者の方々にぜひともお読みいただきたい第三者委員会報告書が公表されました。

天馬株式会社(天馬社HPから)

天馬株式会社(天馬社HPから)

プラスチック成型・加工大手の天馬社(東証1部)が公表した第三者委員会報告書(第三者委員会の調査報告書の公表等に関するお知らせ )であります。たいへん興味深い内容で、週末一気に読了いたしました。

ちなみに報告書「公表版」については、今後の海外当局からの捜査リスクを意識して、どこの海外子会社の事件であるかは伏せられています。

天馬社の海外子会社が現地税務当局から調査を受け、法人税法違反の事実を指摘されます。海外子会社トップに対して「だいたいこれくらいの追徴金額、罰金になりますよ」と税務調査のリーダーから連絡を受けるのですが、その際、当該調査リーダーは「まあ、1500万円くらい持ってきてくれたらなんとかしますけど」と贈賄の要求がありました。海外子会社のトップは、日本の海外統括責任者に相談をするのですが、最終的には支払いが承認されたことで、1500万円を(現金で)支払ってしまうことになります。

外国公務員に(求めに応じて)1500万円の賄賂を支払うことで、9000万円の追徴金額がわずか160万円になるのだったら(もしくは4億2000万円の罰金が1600万円の罰金で済むのだったら)、皆様はどうしますでしょうか?相談した本社トップから「そんなことはお前が自分で考えろ!相談するな!」と言われたら、海外子会社マターとして処理するでしょうか?そのように社長から言われて「社長と秘密を共有できた」と意気に感じてしまうでしょうか?

たとえ後ろめたい気持ちになったとしても、たとえば2年前に同様の事案で賄賂を提供してうまくいった事案(しかも社長も黙認)があれば、「今回も同じように・・・」と考えてしまうのではないでしょうか。また、日ごろから少額ではあるけれども、現地の公務員にファシリテーション・ペイメントを供与する慣行が続いていたとすれば、支払うことに躊躇しますでしょうか。

さらに、現地での対応にコンサルタントを活用している場合に、コンサルタント手数料の中に「現地調整金」名目のよくわからない経費が紛れ込んでいる可能性があるとすれば、コンサルタントに「絶対に袖の下に使ってはいけない」と厳命できるでしょうか。私は本報告書を読みながら、海外子会社で結果を残すことを期待されている子会社トップの気持ちになっていろいろと考えておりました。

本件は、日本の上場会社において、海外贈賄事件を防止するための教訓もさることながら、海外贈賄事件が発生してしまった際の経営陣の身の処し方を考えるうえで、たいへん大きな教訓を含んでいます。まずなによりも、①どのような企業行動が海外贈賄の要件(たとえばFCPA、中国商業賄賂、UKBA等を念頭に)に該当するのか、最低限のトレンドを認識しておくこと、②発生させてしまったことよりも、これを隠蔽することのほうが、より厳罰の対象となること、③贈賄の事実の隠蔽は、会計不正事件へと発展するおそれがあること等を、経営者は認識する必要があります。

そして本件の最も大きな特徴は、海外贈賄事件を公表するに至ったきっかけが社内における派閥争いにある、という点です。社長派と名誉会長派とに分かれて、本件の海外贈賄事件による責任問題を主導権争いの道具に活用してしまおう、内部通報制度も社内抗争の道具に使ってしまおうといった目論見が、本件をオモテに出したといっても過言ではありません(このあたりの社内抗争の詳細は、録音データなどによって如実に報告書で再現されています)。本来ならば、有事に活躍しなければならない監査等委員(取締役)らはまったく「蚊帳の外」に置かれていて、監査役等の活躍に期待する人から見れば悲しい限りです。

もし社内抗争がなかったとすれば、海外贈賄の事実が発生したことが速やかに取締役会で報告されて、監査等委員も交えて対応が検討されたと思います(そうすれば、社外有識者から、的確な海外贈賄リスクへの対応方法の指南を受けられたはずです)。また、これを(一部の取締役によって)隠蔽することなどは回避されたものと思われます。さらに、コンサルタントの活用方法も適切だったと思います(実は、今回の海外贈賄事例では、賄賂を提供せずとも、コンサルタントの助言によって相当額の追徴金の減額が得られたことが明らかになっています)。

なお、本報告書を受けて、天馬社は今後どのような対応をされるのか明らかにされていません。本来ならば、第三者委員会報告書の公表と同時に、会社としての今後の対応も公表します。たとえば検察へ不正競争防止法違反の事実を報告をするのでしょうか、誰にどのような社内処分をするのでしょうか、ガバナンスの再構築はどうされるのでしょうか。こういったことを速やかに公表できない、という点も、やはり社内抗争が存在するからだと推測されます。企業の社会的信用を回復させるために、いままさに自浄能力を発揮しなければならないときに、発揮できないというのは誠に痛い。

海外贈賄問題に関する経営者の認識は、どこの企業でも天馬社の経営陣と似たり寄ったり、というのが現実ではないでしょうか。現在は新型コロナウイルスへの対応で精一杯かとは存じますが、少し落ち着かれましたら、ぜひ当報告書をお読みいただき、経営陣のベクトルの方向が一致していることの重要性、海外贈賄問題への対処が不正競争防止法違反の問題だけでは済まないことをご理解いただきたいところです。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年4月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。