コロナ余波:ブラジルで囁かれるクーデターの可能性

白石 和幸

3月28日付、スペイン代表紙のひとつ『El País』は「パンデミアの悪化を前にブラジル軍部はボルソナロの副大統領に接近」という見だしで、この緊急時に至ってもボルソナロ大統領の危機意識の欠如を危惧する内容を報じた。軍部がボルソナロ大統領の解任に動いて副大統領ハミルトン・モウラン将軍の指揮の元に政権移譲を企んでいるようだ。

ブラジルのボルソナロ大統領(Palácio do Planalto/flickr:編集部)

ブラジルの陸・海・空の代表が先週モウラン副大統領と会合を持ったのは確かで、それに参加した2人の軍人が同紙に明らかにしたのは、軍部がコロナウイルスによる感染者と死者の急激な増加を懸念しているということと、この感染の重大さについてボルソナロ大統領がそれを否定した演説を相変わらず行っていることが会合の主旨だとしたそうだ。
(参照:elpais.com

ブラジルは1964年から1985年まで軍事政権が続いた国だった。ブラジルが今後軍事政権に戻る可能性はないであろう。現在の軍部には嘗てのような軍事政権を立てるだけの勢力はもっていない。しかし、ボルソナロが今後どのように政権を運営して行くかによってはディルマ・ルセフ元大統領のように罷免させられる可能性がないとは言えない。

今月28日のインタビューでボルソナロはコロナウイルス感染について、「誰かが死ぬだって?死ねば、悼み入る。それが人生というものだ」「自動車工場を止めるわけには行かない。年間で6万人が交通事故で亡くなっているのだ」と語って、自動車工場の操業続行でそれでコロナに感染して死亡する人は年間で交通事故で死ぬ人の数より少ないということを伝えたかったようだ。

ブラジルは留まるわけには行かない」と述べて、ボルソナロは封鎖の強化を否定し続けている。コロナ感染をあたかも軽い風邪を引いた感覚で受け止めているのだ。

その前日には「コロナウイルスはブラジル人には感染しない、なぜならブラジル人は下水道に潜れば、なんということはない」と訳の分からない回答をしたのである。そのような回答を一国の大統領がするとは思えないが、ボルソナロに関してはそれが可能なようだ。
(参照:hispantv.com

因みに、ブラジルでのコロナ感染者は急激に増加しており、4月7日の時点で感染者12240人、死者566人となっている。ラテンアメリカの医療体制はヨーロッパに比べ遅れている。その意味ではこれから感染は急速に拡大して行くはずである。

ブラジル人の8割は封鎖することを支持している。先月24日にもボルソナロは封鎖に反対を表明して商店や学校が閉まっていることに反対する姿勢を示したが、その翌日には感染の危険性の高い場所だけに限って封鎖すると表明。それに対してひとりの州知事を除いて他の26人の州知事は国際保健機構の勧告に従って完全封鎖を支持した。(参照:elpais.com

このように決断が一定せず、しかも完全封鎖を否定するような姿勢を取り続けているボルソナロに対して、下院では大統領の罷免を要求する動きが見られるようになっている。ボルソナロを支持している4人の議員のひとりが匿名という条件で『El País』に語ったところによると、

「大統領は2022年の大統領選挙の方が国民の健康よりも大事であるかのような印象を与えている」

「経営者側の強い支持によって大統領になれた。2019年のGDPも1.1%増加した。今年は景気後退だ。経済の回復を図らないと経営者側かの支持を失うボルソナロは考えているようだ」

と語ったそうだ。

現在の予測では今年はGDPはマイナス1.8%が予測されている。だから、ボルソナロは企業がコロナウイルスで一時閉鎖すると経済が後退すると見て完全封鎖を認めることができないのである。

下院では現在まで7つの罷免案件が出ているそうだ。ロドリゴ・マイア議長は「罷免の動機はない」と今のところはそれを否定している。(参照:elpais.com

しかし、最近市民が8日間自宅のバルコニーから鍋などをたたいてボルソナロの辞任を要求するようになっている。ということで罷免騒ぎがまた再燃しそうだ。

企業家,福音教会、軍部や警察もボルソナロ政権と距離を置くようになっているという。

また経済面から見ても、コロナウイルス感染初期から2か月の間にブラジルから117億3000万ドル(1兆2800億円)の資本が外国に流出したとされている。ブラジル経済は長期の低迷から脱出しかけていた時期と重なった。しかも、輸出が第一次産品で特に中国向けが多くの比率を占めて来た関係から中国経済の低迷もあってブラジル経済は今後厳しい状況に追い込まれることになる。

その上にボルソナロ大統領のコロナウイルス感染拡大の前に常識を欠く言動はブラジルの経済界、政界を始め軍部そして一般の市民の間にも今後のボルソナロ大統領の政権維持に強い疑念をもつようになっている。