コロナ危機で専門家と政治家の違い(欧米の場合)

2020年04月12日 11:30

どの分野でも専門家といわれる学者、エキスパートは数字と統計に拘るものだ。中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルス(covid-19)について、ウイルス専門家がテレビの特別番組に登場して、その蘊蓄(うんちく)を傾ける。

新型コロナ対策で記者会見するクルツ首相(2020年4月6日、連邦首相府公式サイトから)

オーストリア国営放送でも連日、新型コロナ危機についての特集が放映されている。そこではクルツ首相やアンショーバー保健相、ネーハマー内相らの政権関係者が国民に向かって現状や今後の対応について説明する一方、ウイルス専門家、教育専門家、社会学者、心理学者など各分野の専門家たちが登場して、新型コロナによるさまざまな影響について、専門分野から説明する。

クルツ政権が6日からスーパーでの買物の際にはマスク着用を義務化したが、番組に登場したウイルス専門家は、「市場のマスクでは新型コロナウイルスの感染を防ぐことは出来ない」と、マスクの効用についてバッサリと切り捨てる。その一方、社会学者が、「マスクを着用することで、本人に安心感を与えるから、その意味でマスク着用は意味がある」と指摘、マスク着用に伴う心理的効果を語っていた。

外出制限やレストランやホテルの休業、学校休校からスポーツ、イベントの中止などによる、国民への心理的影響について、多数の社会学者、心理学者が番組に出て、その見解を語っていた。

家族が一同、自宅に集まることで、家族の絆が強まる面もあるが、普段一緒に食事をしなかった家族が突然、一緒に食卓を囲み、テレビを視る機会が増えれば、これまで表面化しなかった家族間の対立、いがみ合いが出てくる。夫婦が一緒に家庭にいる時間が増える結果、喧嘩が増えた、といった報告も聞く。外出禁止、営業中止、自宅勤務、学校休校など新型コロナ対策が長引けば、犯罪も増えてくると予想する学者もいるほどだ。

ところで、アルプスの小国オーストリアの新型コロナ対策は欧州諸国、特にドイツのメルケル政権から高い評価を受けている。メルケル首相曰く、「オーストリアは我々より常に一歩先に行っている」と述べているほどだ。実際、同じアルプスの小国スイスでは8日現在、感染者が2万4551人、死者数は999人で、事態は深刻だ(オーストリアの感染者数1万3561人、死者数319人)。それだけに、クルツ政権の迅速な新型コロナ対応が見直されているわけだ。

クルツ首相は新型コロナウイルスがいかに深刻かを国民に説明、「新型コロナとの戦いは短距離競争ではなく、マラソンだ」と述べ、国民に忍耐を呼び掛けていたが、6日の記者会見では、外出禁止や経済活動の一部再開を復活祭明けから実施すると発表した。

具体的には、今月14日には店舗面積400平方メートル以下の商店の営業再開を認め、5月4日には全ての商店、ショッピングモール、理容室の営業再開を認める。レストラン、ホテルの営業再開は5月中旬以降。ただし、公的なイベントの開催は少なくとも6月下旬以降まで認めない方針だ。

クルツ首相は新型コロナ対策では厳格な対応だけでは十分ではなく、国民に希望を与えることが大切だとよく知っている。そこで忍耐と同時に、希望を与えることを忘れていないわけだ。

クルツ政府の外出一部緩和、経済活動の一部再開について、ウイルス専門家には懐疑的な声が多い。「ウイルスの感染は外出規制などで抑えられているが、国民が経済活動などを再開すれば、再び拡大する恐れがある」と警告を発している。それに対し、クルツ首相は、「感染が増加する傾向が出てくれば、即、緩和を中止し、厳格な対応を再開する」と釘を刺している。

政治家は専門家とはその位置するところが違う。政治家は自身の政治信念だけではなく、国民の反応、動向を常に観察し、必要ならば妥協もしなければならない。専門家のように統計、数字に基づいて事実だけを羅列して説明しておけばいいというわけにはいかない。

例を挙げる。トランプ大統領の新型コロナ危機に対するポジションが感染者、死亡者が増えるにつれて変わってきているのだ。新型コロナが米大陸に本格的に上陸していない時、「covid-19は通常のインフルエンザとは変わらない」と楽観的な見解を表明してきた。

それが感染者が次第に増えてくると、「わが国は万全の態勢を敷いているから、心配はいらない」と国民の懸念をなだめる。しかし、感染者数、死者が急増し、感染者数でイタリアを抜く頃になるとさすがのトランプ氏も少し焦り、「私は戦時大統領だ」、「国難の危機管理マネージャーだ」と言い出した。最近は流石にその語調に勢いがなくなってきたが、自分は新型コロナの危機に対応するために戦う「国民のチアリーダーだ」と言い出した。

「インフルエンザ説」が間違っていたと判明すると、「戦時大統領」、危機管理に果敢に取り組むマネージャーといったイメージを演出、最後には米フットボール試合でお馴染みの「チアリーダー」と言い出したわけだ。

次期大統領選を今年11月に控えているトランプ氏にとって、国民経済が低迷し、失業者が急増すれば、再選に赤信号が灯る。だから、メディアに向かっては常にアクションする大統領というイメージを提供する必要があるわけだ。

もちろん、トランプ氏だけではない。今年に選挙を控える首相や指導者はトランプ氏と同じ立場だろう。その点、今年1月に政権を発足させたクルツ首相にはまだ4年以上の時間があるから、専門家の意見を聞きながら、自身の政策を反映させる余裕がある。

オーストリア代表紙プレッセは11日、クルツ首相の危機管理を高く評価する記事を掲載している。首相は新型コロナ危機で感染を抑えることに成功している国の政治家や指導者に積極的に電話し、その対策を聞くなど、情報を集めているという。33歳の若い首相ならではの業だろう。

ちなみに、独週刊誌シュピーゲルは、「コロナ危機の時、コンテ氏が(イタリアの)首相で良かった。コンテ首相は就任当時、なんと退屈な首相だろうか。麻酔されたようにスローテンポで話しかけ、最後まで聞くのは大変だ、といった酷評を受けてきたが、新型コロナウイルスで国内がカオス状況に陥った今日、『彼が首相で良かった。もしポピュリストのサルヴィー二氏(前副首相兼内相)だったら、国内は一層混乱し、国民は不安を深めていっただろう』といった評価の声が聞かれる」と報じている(「コロナ危機で『株』上げた人下げた人」2020年4月3日参考)。

当方は連日、新型コロナ危機に関するテレビやラジオの特集番組を見ているが、そこに登場する政治家と専門家の立場の違いを感じてきた。政治家は専門家の意見を聞きながら、国民の動向をも配慮した政策を実施しなければならない。それだけ大変だ。

「第2次世界大戦後、最大の人類の危機」といわれている時、一国の政治を担当する指導者にとって辛い日々が続くが、同時に、政治家としてかげがえのない貴重な体験ができる時ともいえる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年4月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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