経済史学者がMMT理論を語るとどうなる

かっちゃん/写真AC

新刊『365日でわかる世界史 世界200カ国の歴史を「読む事典」』(清談社・4月12日発売)では、経済史をよりよく理解していただくために、「地球環境」「通貨」「科学技術」「経済史」については、それぞれの専門家に私の問題意識をお話しして分担執筆していただいている。

このうち「地球環境」は有馬純・東京大学教授、「通貨」は有地浩というアゴラの執筆者としてもおなじみの方にお願いした。

「科学技術」は、関西学院大学教授を長く務めた経済産業省OBの中野幸紀さんにお願いしたが、経済史は徳島文理大学の同僚である古家弘幸・准教授にお願いした。

イギリスに留学経験のあるオーソドックスな経済史学者である。その経済史学者に近代制経済の歴史と経済学の歩みを複合的に書いてもらったわけだ。

以下、8項目のさわりと、MMT理論についての項目の要約をご紹介する。

①世界経済と経済理論 貨幣経済の始まりとニコル・オレーム

オレームを描いた細密画(Wikipedia:編集部)

貨幣経済とは、市場を通じて、貨幣を媒介として商品の売買や金融取引が行われ、また納税や給付なども貨幣によって行われる経済である。欧州では、地域にもよるが、中世初期の自給自足の荘園経済が崩れ始めた10世紀前後から拡大し始めた。ニコル・オレーム(c.1320-1382)は、早くも14世紀に、貨幣政策の失敗がもたらすインフレについて批判し、フランス王シャルル五世 (1338-1380) に信頼されたフランスの聖職者でスコラ哲学者である。

②世界経済と経済理論 重商主義とトマス・マン

重商主義は、15世紀から18世紀の欧州で、絶対君主の経済政策として広く採用された。戦争が大規模化し、長期化した時代に、軍備拡張に使う資金を貿易黒字で稼ぐために、輸出奨励と輸入抑制を目的として広範囲に実施された経済介入政策である。イングランド商人のトマス・マン(1571-1641) は、重商主義の政策体系を理論化した代表的論者であるが、貿易を国策として担った東インド会社の取締役でもあった。

③世界経済と経済理論 「神の見えざる手」とアダム・スミス

アダム・スミス(Wikipedia:編集部)

アダム・スミス (1723-1790) はスコットランド出身の18世紀の英国人で、「経済学の父」として、「見えざる手」のアイデアや、「夜警国家論」を唱えたとされて、後世に多大な影響を及ぼした。しかし大思想家の例にもれず、スミスという人も、その思想内容も、大いに誤解され続けてきた。

④世界経済と経済理論 自由貿易論とデイヴィッド・リカード

デイヴィッド・リカード (1772-1823) は、アダム・スミスの後を受けて英国の古典派経済学を完成させた大物学者であるが、本職は証券仲買業者で、経済学に出会ったのは偶然だったというユニークな経歴の持ち主である。しかし産業革命まっただ中の英国経済を実地に知り尽くしていただけに、台頭する資本家階層の利害を精緻に理論化し、普遍的な議論に高め、後世に影響力を及ぼした。

⑤ 世界経済と経済理論 カール・マルクスと社会主義

東西冷戦終結で東側の社会主義陣営が瓦解した後、カール・マルクス (1818-1883) が生んだマルクス経済学は退潮し、資本主義は社会主義革命によって転覆されプロレタリア独裁に移行するとしたマルクスとフリードリヒ・エンゲルス (1820-1895) の唯物史観は間違っていたと見なされた。しかし崩壊した実際の社会主義体制と、マルクスが論じた未来の社会主義を同一視することは間違いである。

⑥ 世界経済と経済理論 世界恐慌とケインズ経済学

ケインズ(Wikipedia:編集部)

ジョン・メイナード・ケインズ (1883-1946) は、1930年代の世界大恐慌の時代に提示した不況対策の「ケインズ政策」で知られ、2008年のリーマン・ショックとそれに続く「大不況」の時期に再び脚光を浴びるなど、今でも大きな影響力を持つ20世紀経済学の巨人である。しかしケインズの思想も、様々な誤解とともに現代に伝わっている。

⑦世界経済と経済理論 新自由主義とミルトン・フリードマン

新自由主義は、19世紀後半の近代経済学が理論化した経済自由主義が20世紀後半に再興したもので、国営企業の民営化や経済の規制緩和、自由貿易、政府支出の削減、民間重視などの経済自由化政策を推し進め、財政的に行き詰った戦後の福祉国家の体制を刷新しようとした。その理論化は、常に戦後経済学の主流であったが、ここでは米国のシカゴ学派の領袖ミルトン・フリードマン (1912-2006) について取り上げる。

⑧世界経済と経済理論 民主社会主義とトマ・ピケティ

民主社会主義は、ソビエト連邦をはじめとする20世紀の共産党一党独裁の強権的な社会主義に対抗して、民主的な社会主義を主張する左派の路線である。労働者による自主管理と、企業などの組織や経済制度の民主的な運営を求める。フランスの経済史家トマ・ピケティは、民主社会主義が最も問題視する富の世界的不平等と経済格差を分析し、富に対するグローバルな累進課税を提案している。

⑨世界経済と経済理論 現代貨幣理論 (MMT)とは何なのか

現代貨幣理論 (MMT: Modern Monetary Theory) とは、貨幣を支払い手段、価値の計算手段、価値の貯蔵手段といった効用のために生み出されたものではなく、国家が創造した独占物と見なすマクロ経済理論である。自国の通貨を持つ国家は、いくら財政赤字が増えてもその分の貨幣を創造すれば破綻しないので、政府は必要なだけ支出を増やして景気対策を実行すべきと主張するなど、論争を巻き起こしている。

ゲオルク・フリードリヒ・クナップ(Alchetronより引用)

MMTは、20世紀に入ってゲオルク・フリードリヒ・クナップが『貨幣国定説』(1905年) で唱えた「表券主義」を基礎としている。表券主義は、貨幣を国家による創造物と見なす。当時の金本位制では、貨幣の価値をその通貨に含まれる貴金属の価値と考えていた。これを「金属主義」と呼ぶ。これに対してクナップは、国家は紙幣をも創造することができ、それを政府が納税に際して受け取れば、紙幣も法定通貨と認められるので、商品の売買にも貨幣として使われるようになると論じた。

(中略)MMTは、自国通貨建ての財政赤字や政府債務が拡大しても、国家が貨幣を創造して補てんできるので、政府は赤字を気にせず景気対策に支出すべきと主張し、多くの議論を呼んでいる。

自国通貨を発行する国家では財政破綻は起こり得ないとするMMTの起源は、18世紀フランスのモンテスキューにさかのぼる。モンテスキューは当時の一連の大戦争の敵国だったイングランドが戦費調達に駆使した自国通貨建て国債の強みに注目した。スコットランドのジェイムズ・ステュアートは『経済の原理』(1767年) でモンテスキューの見解を継承し、経済理論に取り入れた。

サミュエル・テイラー・コールリッジ(Wikipedia:編集部)

アダム・スミスやデイヴィッド・リカードなど、古典派経済学の主流派は過大な国債発行を問題視したが、反対に詩人のサミュエル・テイラー・コールリッジなど、保守派のロマン主義経済学で、自国通貨建て国債発行国は財政破綻しないとの見解が細々と継承されていった。ナポレオン戦争終結時の英国の累積公的債務は当時のGDPの三倍を超えていたが、英国は財政破綻せず、産業革命に邁進していったという現実も、コールリッジらの見解を補強した。

現代の、MMTは、公的債務が膨張しているのに財政破綻しない日本が、その理論の正しさを証明する好例と主張する。しかし今後、日本国債の円建て比率が低下し、円の対外信用が下落すれば、海外の債権者による大規模な円売り、日本国債売りが起きて財政破綻に至るリスクは残るであろう。

(中略)少子高齢化が進み貯蓄が使い崩されていく日本でいつまで続くか不明である。むしろ室町時代の明銭や、台頭する暗号資産など、MMTに対する反証は数多い。

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