放射線治療を受けていた岡江さんとPCR検査

2020年04月24日 20:00

新型コロナウイルス感染で亡くなった岡江久美子さんは、癌の手術をして放射線治療を受けていたという。にもかかわらず、PCR検査を長く受けられておらず、入院も遅れてそれが死につながったようだ。

TBS系「はなまるマーケット」より

このことは、いろんなことを考えさせられる。だいたい、そういう人は免疫能力が低下するだろうから、どうして、優先順位で配慮されなかったのか不思議だ。特にさほどの年齢でない人の死は有名人でなくとも痛ましいし、超高齢でなく危険な要素のある人はもっとも優先した配慮がされるべきだろう(より若い人の死を避けることが優先されるべきだということははっきり申し上げる)。

埼玉県の突然死はなにが問題だったのだろうか?50代の男性が軽症だと判断されて自宅療養していたのが突然に様態が急変して亡くなったケースについて、県では基礎疾患などについて「プライバシーだから明かせない」としているが、そういうことを隠すから、国民は自分を守るための注意ができなくなる。

このあたりは、私が住んでいる京都も過度に秘密主義なのだが、地方自治体の裁量にまかされる度合いが多いので、患者が出たというたびに疑心暗鬼が拡がって、広い地域全体の店が敬遠されたり、学生はみんな危ないといわれたり、経済損失も大きい。

名前は公開されなくても、それ以外はこういう例外的状況なのだから、公開するように指針を政府は示すべきだし、マスコミもできる限り詳細な報道をして、的確な対応を国民ができるようにして欲しい。

その場合に、本人や家族にもうかつな点があった場合でも、それを隠すべきではないだろう。公益に重大な影響を及ぼすことだ。

PCR検査拡大については専門家集団同士が対立している

PCR検査については、私は初期においては抑制的であるべきだといっていたし、それは正しかったと思う。検査そのものに伴う感染の可能性、検査を受けたいと行って医療機関に患者がやってくることでの感染拡大と医療機関の受け入れ能力超過に伴う医療崩壊は韓国(地域的)やイタリアで見られたことであり、絶対に避けねばならないと考えたしそれは正しかったと思う。

しかし、いまや体制整備が進んで、そうした事態を避けられるはずだし、安倍首相も拡大しろと言っているのに、思うように数が増えない。しかも、東京都などどれだけ検査したかの集計は民間検査機関については、1週間ごとにしか分からないという酷さだ(陽性者数は毎日)。

かつては、「東京五輪のために感染の拡大を隠すために検査を抑えている」とか言う陰謀論を真面目に唱えるお粗末な人もいたが、それはもはやない。「一部の人たちが特定の機関で検査を独占しようとしている」といった議論も、そもそも論としてはありえなくもないが(そういうことはあらゆる分野でこの国ではある)、いま「民間検査をするな」と思う人はいないだろう。

いま存在するのは、感染を専門とする人たちと、内科・外科など医療現場との意見の相違である。

Hoang/flickr:編集部引用

日本感染症学会と日本感染環境学会は、感染症診療のあり方を変えていく必要があるとして、診療に携わる臨床現場などに向けて「新型コロナウイルス感染症に対する臨床対応の考え方」を発表した。ポイントの一つが、軽症の患者に対してはPCR検査を勧めていないことだ。

さらに、医療崩壊を防ぐために重症患者の治療に特化することを提言していることであり、患者と向かい合う現場の医師は、患者の希望に添うとか自分たちの感染防止の為もあろうが、拡大を望んでいるということだ。

PCR検査、軽症者に推奨せず―新型コロナ 感染2学会「考え方」まとめる(時事通信)

そして、検査の現場では、増やすのは技術的・人員的に難しいとまじめにいっている。厚生労働省も官邸などからせっつかれても無理だと抵抗しているといわれる。もちろん、ダメとははっきり言わずに「一生懸命やってますが、そういわれても現場も限界です」とはぐらかしているのだ。

大阪府は知事以下、フットワークは良いが、それでも、保健所の現場は悲惨な状況でこれ以上無理といっているようで、さぼっているわけでもなさそうだ。また、世論が急かすとミスがかなり出るのも事実だ。大阪の民間で対応できるところはないという。

要するに、「丁寧に検査する習慣と違うことを急に言われても…」ということだろう。これまで独占してきたのは、インフルエンザの検査がここ数年、クリニックでできるようになったりもあって、市場がそもそもあまりなく、熱心な希望者もあまりなく、市場が縮小傾向にある部門だったので合理化してたくさんこなす工夫も必要なかったようでもある。

「PCR検査をどうしたら増やせるか」の発想が乏しい

私のFacebookのタイムラインでも、たくさんの人が議論しているが、「そもそも誰それが悪いといま言っても仕方ない」という話と、「検査を増やすべきか?必ずしもそうでないのか?」という議論は活発だが、「どうしたら増やせるのか」という話には「増やせ」といっている人たちも沈黙したままだ。

ニュースにもあるように、取り違えミスも続発しており、また、それを日本の世論は許容しないので、「もっと能率を上げろ」と言っても責任を問われるのはいやだといわれると弱い。なにしろ、2億枚マスクを急いで配布したら不良品が何万枚かあっても当たり前なのに、それを大騒ぎする愚かなマスコミの国だから仕方ないことだ。

香港では手術の前などに新型コロナの感染の有無を調べる信頼性の高い検査方法を導入したとテレビで報じられていた。なぜ日本でもそういう発想をしないのだろうか?

しかし、こうなれば、誰かが調整するしかないということが大事だ。それが政府なのかどうかは微妙で、政府が言っただけでは現場は動かない。医療界の総意みたいなものの支持がないとだめだろう。医者同士の部門別意見対立をどうしたら調整すべきかも大事な問題で一般論としても議論すべきだが、緊急時にどうあるべきか、関係者でトップ会談したらどうか。

厚生労働事務次官、医務官のトップ、医学界の重鎮、医師会、病院長、看護師会、地方自治体などが構成者で大臣が議長になればいい。

本当は政治家のなかで医者出身で、しかも、医者としての実績はもちろん、人望が厚く、政治手腕も高い人がいたらいいのだが、見当たらない。

これは、最近の傾向として、他の分野でそれなりの成功を収めた人が政治家になることが減ってしまっているからで、官僚、ジャーナリスト、経済人などなんでもそうなのだ。しかし、そんなことも言っておられないので、たとえば、PCR検査をどうしたら増やせるか、医療界の支持もとりつけたうえで、事態を動かすかしかないのだと思う。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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